小説「僕が、剣道ですか? 4」

八ー2

 次の日、朝餉前に川風呂に入りに行き、折たたみナイフで髭も剃り、朝の澄んだ空気の中で山々を見てきた。何とも気持ちのいいものだった。
 きくにも入ってくるように勧め、きくはききょうを連れて、入りに行った。
その間に朝餉の用意がされた。
 きくが戻ってくると、「朝風呂はいいですね。特に川風呂は開放感があって、気持ちよかったです」と言った。
「朝餉にしようか」
「はい」
 僕ときくは朝餉を沢山食べた。ききょうにも味噌汁を掛けたご飯を食べさせた。おひつには、ご飯が残らなかった。きくは庖厨に行き、哺乳瓶にききょうのミルクを作り、僕は竹水筒に水を入れた。
 帳場で勘定を済ませると、僕たちは宿を後にした。

 二里ほど行った所に小さな宿場町はあったが、そこでは休まず先に進んだ。
 また二里ほど歩いて行くと、次の宿場に出たので、お昼にしようかと食事処を探していると、町の真ん中に人だかりができている。何事かと思って行くと、若い侍と浪人らしき侍がともに刀を抜いて見合っている。
 見物していた者に「どうしたのだ」と訊くと、「なあに、鞘が当たったとか当たらないとかで喧嘩になったようですよ」と言った。
 僕は他人事だから、放っておこうと思った。
 その時、若い侍が、「わたしを誰だと思っている。目付、木村彪吾(ひようご)の嫡男虎之助であるぞ」と言った。それに対して、浪人者が「それがどうした。武士同士の争いに、父の威を借りるキツネにでもなったつもりか」と言った。これは浪人者に理があると僕は思った。親の威厳を借りる奴が、僕は好きにはなれなかった。
 そこに番所の役人がやってきて、「双方、刀を引けぃ」と叫んだ。
 これで事が済むと思って、僕は離れようと思った。すると、番所役人がいきなり、斬られた。そして、「お前もこうなりたくなかったら、金を置いていけ」と言った。
 若侍の方は震えていた。
 番所から他の役人が数人の手勢を率いてやってきた。
 手勢の者は長い棒を持っていたが、浪人者はそれらの棒をことごとく切り、手勢の者を斬り捨てていった。そして、番所の役人だけになった。
 その剣の捌きを、僕は前に見た覚えがあった。
 僕は前に出て、その浪人者に「名前は何と申す」と訊いた。
「名を聞いてどうする」と浪人者は言った。
「その剣の使い方、前に見た覚えがあったので、訊いてみただけのことだ」と言った。
「武士に名を訊くのなら、そっちから名乗るのが礼儀だろう」
「それもそうだな。私は鏡京介と言う」
「鏡京介。もしや、あの鏡京介か」と言った。
「あの、とは何のことだ」
「我が兄、月影竜之介(「僕が、剣道ですか? 2」参照)のことだ」
「ああ、あの辻斬りの。して、そちの名は」
「月影竜次郎。月影竜之介の弟だ」
「なるほどな」
「兄の敵であるなら、ここで立ち会ってもらおう」と月影竜次郎は言った。
 若侍の方はいつの間にかいなくなっていた。やはり、親の威を借りるキツネだと思った。
 きくの顔が見えた。心配そうにしていた。
「因縁というものはあるものだな。仕方あるまい。立ち会おう」
 僕は刀を抜いた。
 相手は一端、刀を鞘に収めた。月影竜之介は居合い斬りが得意だった。月影竜次郎もそうなのだろう。僕は正眼の構えを取ったまま、相手の間合いに入って行った。
 刀が抜かれた。凄い速さだった。刀でかわすのが精一杯だった。
 また、相手は刀を鞘に収めた。そして、間合いを詰めてきた。
 次が勝負だった。相手が刀を抜くよりも速く、斬り捨てなければならなかった。
 僕から踏み込んで、間合いを詰めた。月影竜次郎は刀を抜こうとした。しかし、すでに刀を抜いている分、こちらの方が速かった。僕の刀は、刀を抜こうとした腕を斬り落とし、相手の腹を切り裂いていた。月影竜次郎は倒れた。
 役人が駆け寄ってきた。僕は月影竜次郎の着物で刀を拭い、鞘に収めた。
 役人は、僕に近寄ってきて、「番所に寄ってもらえませんか。事の次第を書き取らなければなりませんので」と言った。
「分かりました」と答えた。
 役人は町民に頼んで、斬られた役人や手勢の者、そして月影竜次郎を番所まで運ぶように言った。
 きくが側に来て、「生きた心地がしませんでしたわ」と言った。
「心配をかけて済まなかった」と僕は言った。