小説「僕が、剣道ですか? 2」

三十二
 道場に出るのは、久しぶりだった。
 だが、此所でも山賊成敗の話をねだられた。
 話さなければ、稽古にならない雰囲気だった。仕方なく、僕は何度目かの山賊成敗の話をした。

 半月が過ぎ、一月が経とうかという頃に、夕餉の席で家老から、明後日、僕に登城せよとの命が下ったと言われた。
「ようやく各藩の首実検が終わり、今回の山賊成敗が正式に認定された。これを機に祝いの席を設けるとのことだ。主役のおぬしがおらねば始まらない話だ」
 家老はそう言った。
 僕は「分かりました」と答えるほかはなかった。

 髷も整え、着付けもきくがしてくれた。
 姿見を持ってきて、「どうですか」ときくが訊く。
 僕が答えずにいると、「こうして見ると、いつものあなたのようではないように見えますね」と言った。
「そうか」
 着付けが終わると、一緒に出かける者たちと合流して、僕は慣れぬ籠に乗せられた。
 そうして登城すると、控えの間に通された。
 居並ぶ方々の視線を一斉に浴びた。僕は、端の方に座った。ガヤガヤと話し声が聞こえてきたが、今度の一件に関することのようだった。
 佐竹も一緒だったので、僕は佐竹と話をして、時刻まで待った。
 太鼓が打ち鳴らされた。
 皆が、立ち上がり、宴席へと向かった。
 他の者は、次々と自分の席に着いたが、僕は佐竹もいなくなり、どうしていいか分からなかった。
 その時、筆頭家老の島田源之助が「こっちだ」と言うように手招きしてくれた。
 僕の席は、藩主の隣だった。
 まだ藩主は来ていなかった。
 また、太鼓が鳴った。
 皆が、頭を下げたので、僕も同じようにした。
 藩主綱秀が入ってきたのだった。
「頭を上げい」の言葉で、頭を上げた。
 藩主は、僕に向かって「この度はようやった」と言われた。
 僕は「ははー」と頭を下げた。
「今日は、おぬしのための宴席じゃ。存分に楽しんでいってくれ」と言われた。
 僕は「はい」と言った。
 酒の肴が運ばれてきた。
 藩主から杯を持つように言われて、僕は酒が飲めないとも言えず、杯を取った。藩主、自らが僕の杯に酒を注いでくれた。
「まずは、めでたい。乾杯じゃ」と藩主が言うと、僕は隠し持っていた手ぬぐいに酒を染み込ませた。
 その後、藩主が「さぁ、武勇伝を聞かせてもらおうではないか」と言った。
 周りの者も「そうだ」「そうだ」と囃し立てる。
 これで何度目かになる山賊成敗の話を僕はすることになった。
 話が進んでいく頃、茸料理が運ばれてきた。
 毒味役が藩主の茸料理に箸をつけて、毒味をした。その時、茸をすり替えたのが、僕には見えた。僕は持っていた箸を、その毒味役の袂に投げつけた。
「今、キノコを変えたな」と僕は言った。
「滅相もございません。そのようなことは決して」と毒見役は言った。
「だったら、そのキノコを食べてみろ」と僕は言った。
「私がキノコを取り換えた証拠でもありますか」と毒見役は言った。
 袂に入れていたキノコを躰の方に落としたのだろう。
「立ってみよ」と僕は言った。
 周りの者が毒見役を立たせた。
「わきの下あたりを調べてごらんなさい」と僕は言った。
 毒見役を取り押さえていた者が、「あった」と言った。
 シメジだった。
 藩主の皿の方を見ていた者が、「これはドクツルタケです」と叫んだ。
 毒味役は引き立てられていった。そして、代わりの毒味役がついた。
「危ないところを感謝する」と藩主が言った。
「いえいえ、だが、まだ綱秀様に抵抗する勢力がいるということですな」と僕は言った。
「そうだな。心しておかねばならぬな」
「はい」
「興ざめはしたが、話はまだ半分も聞いておらぬ。続けてくれまいか」
「分かりました」
 僕はまた山賊成敗の話を始めた。
 宴会は何事もなかったかのように進んだ。
 僕の話が終わると、藩主は山奉行に検分の報告を求めた。
 山奉行は、百六十二名のうち、五十数名の死体はすぐに死んではおらず、生きていた者もいたと言った。
 藩主が「なぜそのようなことをしたのだ」と訊いたので、「楽に死なせたくはなかったのです」と答えた。
「ほう」
「彼らの残虐非道は、一瞬に死ねるような甘いものではありません。苦しみもだえて死ぬがいい、と考えました」
「おぬしは怖い男よのう。敵には回したくはないな」と言った後で、「ところで、言いにくいのだが、隣の藩に行ってはもらえまいか」と言った。
「どういうことでしょう」
「今回の件を書状で知らせたのだが、信じられないと書いてきたのだ。嘘ではないと書き送ったのだが、ならば、その鏡と言う者に是非とも会いたいと言ってきた。実在するのであれば、とまで付け足して。だから、わしはそれならその者を使わすから、その目で確かめてみるがいいと書き送ってしまったのだ。後には引けなくなってしまってな」
「そうですか」
「申し訳ないが、黒亀藩にまで行ってくれ」
「分かりました。で、いつ出立すればいいのですか」
「そうだな。書状を書き送るから、その返事が来てからにして欲しい。家老の所にいるんだろう」
「はい」
「なら、島田に伝えるから、彼から聞いてくれ」
「分かりました」
 その後、藩主は手を叩いた。
 三方に載せられた小判が運ばれてきた。
「七百五十二両ある。山賊たちの首に掛けられていた懸賞金だ」
 僕はただ、その懸賞金の載った三方を見ていた。包み紙の小判が沢山積み上げられていた。そのてっぺんに二両載っていた。
「これが懸賞金なら全部は貰えません。飛田村の人たちも山賊成敗に関わったのです。少なくとも二、三十人は彼らの手にかかっています」
「そちの話も聞いておるし、検分でも竹槍で刺された者の数も記載されておる。しかし、すべてはそちが指示したことではないか。それに、竹槍では傷は負わせても殺すことまではできぬ。おぬしがとどめを刺したことぐらいわかっておる。遠慮せずにもらっておけ」
「しかし、それでは飛田村の復興が叶いませぬ」
「飛田村のことは任せておけ。悪いようにはしない」
「そうですか。ではよろしくお願い申し上げます」
「ところで、おぬしは仕官する気はないのか」
「ここにいつまでいられるか分かりませんので」
「ずっといても構わんぞ」
「そういうことではないのです」
「どういうことだ」
「私はよそ者ですから」
「よそ者でも構わん」
「ありがたいお言葉ですが……」
「無理強いはしまい。その気になれば、いい役を与えてやる」
「分かりました」
「ともあれ、黒亀藩のことは頼んだぞ」
「承知しました」