三十
次の日、僕は佐野助に山奉行にこのことを伝えるように言った。
僕は念のために村に残った。
湯を沸かしてもらい、昼間、躰を洗った。ついでに洗濯もした。山賊の返り血を浴びて、オーバーやセーター、厚手のシャツやジーパンが血まみれだったからだ。
靴下もシューズも洗った。
靴下とシューズは、オーバーの中に入れていたのを履いた。着物は仕方なく亡くなったご主人のものを着た。
四日目に山奉行とその配下の二十数人がやってきた。
半日がかりで死体が、村の広場に集められた。その数、百六十二人に及んだ。
「凄まじいな」と佐伯は言った。
「そうでしょう」
「これを一人で倒したのか」
「ええ」
「底が知れん男だな」
佐伯は手配書と顔を見比べていた。
「そっちの手配書も見せろ」と部下に言った。
「おいおい、このあたり一帯の山賊もやっつけたのか」
「そうなりますか」
「手配書の首領の顔を見ればわかる。他に三人もやっつけたんだな」
佐伯は部下に指示をして、主だった者の首を首桶に入れるように言った。
その他の者は、手配書に×印を付けた。
手配書にない者は、その人相などを部下が書いて、佐伯が×印を付けた。
首桶は二十数人の配下の者に運ばせることになった。
「これで検分は終わった。死体は埋めていく」
村の端に掘った穴に、死体は捨てられた。
「じゃあ、私はこれで帰ってもいいですね」
「おいおい、一緒に帰らないのか」
「早く帰りたいんで、ここでお別れです。では」
佐伯を残して、僕は佐野助と帰りを急いだ。
すぐ暗くなったが、月夜だったので、歩けるだけ歩いた。
夜半になって、眠った。
朝になると、また歩き出した。夜歩いたので、夕方には町に戻ってきた。
家老屋敷の門をくぐると、すぐに風呂に入った。
きくが背中を流してくれた。
夕餉の席では、家老が山賊討伐の話を聞きたがった。しかし、僕は疲れていたので、「申し訳ありませんが、明日にして頂けますか」と言った。
「そうか、帰ってきてすぐだからな。疲れてもおろう、休むがよい」
「ありがとうございます」
僕は早々に夕餉の席を立ち、座敷に向かった。
そして、布団の中に入るとすぐに眠った。
次の日、起きた時は午後になっていた。
「随分とお疲れになったんですね」
「ああ」
その時、女中が玄関に「佐野助と言う人がお見えになっています」と言った。
「早速、手間賃を取りに来たのか」
僕は五両を手にすると、玄関に向かった。
「無駄には使うなよ」と言って、佐野助に五両を渡した。何日だったのか、佐野助も僕もよくは覚えてはいなかった。だが、佐野助は五両で十分だと思ったし、僕は五両分の働きを佐野助はしたと思った。
佐野助は「へぃ」と言って機嫌良く五両を受け取って帰って行った。
風呂に入る前に、ききょうの顔を見た。いつも笑っているように見える。可愛かった。
風呂では、きくに肩を揉んでもらった。それから、きくは知らないが、両方の手首を掴んでもらい、背中に膝を当てて、後ろに反らすストレッチをした。
夕餉の席では、家老が山賊一味を倒した話を楽しみに待っていた。
僕が一通りの話をするのに、小一時間はかかった。その後来た山賊の話はしなかった。
その三日後の夕餉の席のことだった。
「こやつ、わしをたぶらかしたぞ」と家老が言った。
「私は何も……」と言いかけたが、家老が遮った。
「山奉行佐伯主水之介殿から報告があった。聞いて驚くなよ。何と鏡殿が倒した山賊は百六十二人だそうだ」
「えー」と言ったのは、佐竹だった。
「だって山賊の数は五十七人って聞いてましたぞ」
「私もそう聞いていましたよ」と家老の嫡男も言った。
「最初に飛田村を襲ったのは、その五十七人だったようだが、近隣の藩の村を襲っていた山賊も飛田村に向かったそうじゃ」
「それが合わせて百六十二人なんですか」
「そうだ。鏡殿が近隣の山賊どもを一掃したというわけだ」
「なんと」と佐竹は言った。
「ねっ、そんな話をしても誰も信じないですよね」と僕は言った。
「そりゃあ、本人から聞けば、大ぼらを吹いているように聞こえますな」
「でしょう」
「それだけじゃないぞ、鏡殿」
「何ですか」
「首実検が終われば、懸賞金が下りる」
「はぁ」
「七百五十二両だ」
「えっ」
「この話はお殿様の前で行われた。それで、お殿様が直々に懸賞金を渡したいと言い出された」
「そうなんですか」
「そこで、首実検が終わってから二日後に、登城してもらいたい」
「その首実検というのはどれくらいかかるのですか」
「他の藩にもまたがっているからな。少なくとも半月はかかるだろう。一月ぐらいかかってもおかしくはない」
「はぁ」
「まぁ、待っておれ。その時は祝宴も開かれる」
「そうなんですか」
「こんなこと、めったにないことだからな。他藩をも荒らしていた山賊を退治したのだから、当藩の面目も立った。めでたいことだ」
家老はやけに機嫌が良かった。