2019-01-01から1年間の記事一覧

小説「僕が、剣道ですか? 2」

二十五 屋敷に戻ると、明日の準備をした。 革手袋は、昨夜渡されたが、綺麗に縫われていた。 九月の下旬ともなると夜の山は寒い。なるべく温かい格好をして行くことにした。 シューズは念のため、もう一足も持っていくことにした。 きくが、餅と乾燥させた柿…

小説「僕が、剣道ですか? 2」

二十四 山賊たちが今月下旬に飛田村を襲うとしたら、時間がなかった。 山奉行佐伯主水之介に会いに行った。 今までのいきさつを忌憚なく話した。「それはおぬしが気にすることではあるまい」「そうですが」「自ら蒔いた種だ。刈るのは自分たちでする他はある…

小説「僕が、剣道ですか? 2」

二十三「堤邸に行くんですね」 僕が草履を履こうとしたら、きくが後ろからききょうを抱っこしながら、そう言った。 僕はぴくんとした。その通りだったからだ。「待っててくださいね」 きくも草履を持ってきて、足袋を履き、「わたしも一緒に行きます」と言っ…

小説「僕が、剣道ですか? 2」

二十二 堤竜之介の武家屋敷への引越しは翌月、早々に行われた。 堤道場には、師範代となった城崎信一郎が住み込むことになった。「城崎信一郎殿が師範代に決まったことに、他の三人から文句が出ませんでしたか」と僕が堤に訊いたら、「いや、三人ともあの場…

小説「僕が、剣道ですか? 2」

二十一 四日間はあっという間に過ぎた。 その間に、いい考えを思いついたわけではなかった。 しかし、今日、堤道場の師範代を決めると約束してしまっていた。出かけないわけにはいかなかった。「浮かない顔をしていますね」ときくが言った。「そうか」 堤道…

小説「僕が、剣道ですか? 2」

二十 三日間、堤道場には行かなかった。 祝宴や祝辞を述べる来客が多いと思ったからだった。城中にも登城したことだろう。 とにかく、遠慮していた。 しかし、四日目に堤道場から門弟の使いが来た。ぜひ、訪ねてきて欲しいという堤の要望だった。その門弟と…

小説「僕が、剣道ですか? 2」

十九 風呂場でも、きくの説教は延々と続いた。「堤先生を勝たせたかったんでしょ」「そういう訳じゃないが」「他にどういう訳があるんですか」「いろいろだ。いろいろあるんだ」「どういろいろあるんですか」「あるだろう」「例えば、おたえさんとか」「何で…

小説「僕が、剣道ですか? 2」

十八 審判である番頭の中島伊右衛門が張り上げた「鏡京介殿の負け」の声はあたりに響いた。 そして、次に響めきが起こった。意外な形で決着が付いたからだった。 僕は木刀を拾い「静かに」と叫んだ。 響めきが収まった。何が起こるのか、みんなが注視してい…

小説「僕が、剣道ですか? 2」

十七 御前試合の日が来た。 僕は着慣れぬ袴を穿き、城に向かった。 外の城郭を回り込んで、内庭に出た。広かった。 その中央にお殿様が背もたれのない椅子のようなものに座っていた。両側に重臣たちも同じように座っていた。 周りには、家臣がずらりと取り囲…

小説「僕が、剣道ですか? 2」

十六 ききょうは可愛かった。 寝転びながら、その顔を見ていても、見飽きることがなかった。 両手を顔の近くに持って行き、何やら動かしている。何が可笑しいのか、笑っている。 ききょうを見ている顔を、きくはぐいと自分の方に向けた。「ききょうばかりを…

小説「僕が、剣道ですか? 2」

十五 門弟がいなくなった道場で、相川小次郎、佐々木大五郎、落合敬二郎、長崎三郎、島村時四郎、沢田熊太郎に稽古を付けた。 六人で半円を作らせて、正眼の構えから小手を狙わせた。六人順番に打たせて、すぐ次を打つように言った。 僕は六人相手にすべて小…

小説「僕が、剣道ですか? 2」

十四 もう六月に入っていた。 二週間が過ぎた頃に、きくに陣痛が来た。取り上げ婆が呼ばれて、その時を待った。盥に湯が張られた。 一刻が過ぎた頃、赤ん坊の泣き声が聞こえた。 僕は、白い布に包まれた赤ん坊を抱き上げた。きくの言った通り、女の子だった…

小説「僕が、剣道ですか? 2」

十三 次の日も九十組の選抜試験があった。 僕はやはり道場を抜け出していた。そして山に向かった。道着を持って行った。お奉行との約束があったからだった。 屋敷と思っていた所が、山奉行の奉行所だった。 そこに顔を出すと、佐伯は「待っていたぞ」と言っ…

小説「僕が、剣道ですか? 2」

十二 選抜試験が始まった。 今回は五百四十名集まった。それらを百八十名ごとに三組に分けて、一日九十組を対戦させることにした。初日は対戦の組み合わせを決めるだけで終わってしまった。三組に分かれたので、対戦する日に道場に来るように言った。そして…

小説「僕が、剣道ですか? 2」

十一 きくに十両を渡すと、「こんなに」と言いながら、それをどこかに仕舞い込んだ。「また辻斬りが現れるといいですね」と言った。「おいおい、私の心配はしないのか」「あなたがやられるわけがないじゃないですか」「出かける前は心配していたように見えた…

小説「僕が、剣道ですか? 2」

十 屋敷の通りには、屋台が何台か並んでいた。 そこで侍が蕎麦を食べたり、おでんをつまんで酒を飲んでいたりした。 そこを通り過ぎ、少し行くと、暗い通りが続いていた。「いませんね」と八兵衛が言った。 その時だった。遠くから「辻斬りだ」と言う声が聞…

小説「僕が、剣道ですか? 2」

九 道場に出た。 相川たちが寄ってきた。「もう一度、お願いします」 そう言って頭を下げた。 僕は門弟を壁際に寄せて「見ておくように」と言うと、昨日して見せた素振りを相川たちにさせた。 今度は一歩、前に出るように言った。そして後ろから、手首のあた…

小説「僕が、剣道ですか? 2」

八 二日後に鍛冶屋、源蔵の所に刀を取りに行った。「これで妖刀は切れる。しかし、おぬしの持つこの刀もその妖気を吸うことになるぞ」「そうなるとどうなります」 源蔵は僕の顔をじっと見た。「普通は刀に囚われる。しかし、おぬしはそうはならぬようじゃな…

小説「僕が、剣道ですか? 2」

七 家老家の菩提寺の住職に妖刀の話をした。「それはやっかいな話ですな」「と言うと」「妖気がその刀を持っている者を守っているのでしょう。とすれば、その妖気を断ち切らなければならない」「そうですね」「鏡殿にそれができますか」 僕は首を左右に振っ…

小説「僕が、剣道ですか? 2」

六 家老屋敷の道場は、朝から稽古の声が聞こえていた。 型練習を始めてから、その型を覚えようと皆、必死だった。役に立たない英語のアクセント問題をやっているようなものだが、何もしないより、やっている感じはあるので、それなりに充実しているのだろう…

小説「僕が、剣道ですか? 2」

五 三晩連続で辻斬りが出た。複数の侍がいても平気なようで、むしろ多いほど辻斬りを楽しんでいるようだと言われているくらいだった。三晩に十人もの人が斬られているのだから、城中でも話題になっていて、家老は夕餉の席で、「町奉行の田島権左衛門に、鏡殿…

小説「僕が、剣道ですか? 2」

四 屋敷の道場に戻り、皆を集めた。明日、道場内での稽古試合をする。それに勝った者、四名に特別な稽古を付けると言った。四名という数字は、堤道場で聞いた師範代の候補の数が影響していたのかも知れなかった。 道場内はざわついた。 皆を練習に戻し、相川…

小説「僕が、剣道ですか? 2」

三「頼もう」と言う大きな声が玄関の方からしてきた。 しばらくして、門弟の一人が桟敷にやってきて「道場破りがやってきています」と告げた。「またか」と言って、堤が立ち上がったので、僕も「私も行きましょう」と言って立ち上がった。 玄関には三人の大…

小説「僕が、剣道ですか? 2」

二 僕は空中に飛び出していた。 しかし、乳母車は抱えていなかった。 凄いスピードで落下していくのが分かった。 躰を反転させた。林が見えた。落下スピードを落とそうとした。しかし、上手くコントロールができなかった。しかし、林に近付くと最初の木の枝…

小説「僕が、剣道ですか? 2」

僕が、剣道ですか? 2 一 休み時間だった。僕が窓の外を見ていたら、急に後ろから富樫がヘッドロック(腕の脇に相手の頭を抱えて締め上げるプロレスの技の一つ)をしてきて、「絵理ちゃんに告ったんだろう」と訊いた。「ああ」「返事はどうよ」「教えない、…

小説「僕が、剣道ですか?」

三十九 大きく咳をした。 目を開けると僕はベッドの上にいた。「意識が戻ったわ」と女の声が聞こえた。「先生を呼んで来なくちゃ」とその声は言った。 間もなく医師が来た。 目を開いて光を当てた。 僕は眩しくて目を閉じようとした。「じっとしていて」と言…

小説「僕が、剣道ですか?」

三十八 屋敷に戻ると僕はすっかり疲れていた。 風呂に入った時も眠りかけていた。 きくが抱きつき「よく、ご無事でお戻りなされました」と言った。 きくが出してくれた中年の女中に作らせた紺色のトランクスを穿き、着物を着た。 夕餉の席では、佐竹が威勢良…

小説「僕が、剣道ですか?」

三十七 次の朝、道場に行くと相川と佐々木を呼んだ。そして、これから城中に向かうことを伝えた。「無事、帰ってこられるかは、分からない」「そんな」と相川も佐々木も驚いた。「そこで、道場の後のことは二人に任せた」「急にそんなことを言われても」と相…

小説「僕が、剣道ですか?」

三十六 数日間は何事もなかったが、その日の夕餉に佐竹が「鏡殿、明後日、登城せよ、との命が大目付様よりありました」と言った。 島田源太郎が「何用であろう」と佐竹に訊いたが、佐竹も「さぁ」と言うばかりであった。 だが、僕だけは分かっていた。大目付…

小説「僕が、剣道ですか?」

三十五 たえと会った数日後のことだった。 午後三時に道場の者たちを帰らせた後、城から使いの者が来て、僕に登城せよ、と言ってきた。時刻が時刻なだけに不審に思ったが、その者に付いて城に向かった。 近道をしようということになって、林のある道を抜ける…