三十五
たえと会った数日後のことだった。
午後三時に道場の者たちを帰らせた後、城から使いの者が来て、僕に登城せよ、と言ってきた。時刻が時刻なだけに不審に思ったが、その者に付いて城に向かった。
近道をしようということになって、林のある道を抜けることにした。
林に入り、しばらくすると頭上から網が広がり、降ってきた。
僕は素早く林の中に入り、木の陰から様子をうかがっていた者をその網の中に蹴り込んだ。
網が被さると槍が落ちてきて、蹴り込んだ者の躰を貫いた。そして、手裏剣が網に向かって飛んだ。
僕は木を上に登り、網を投げた者を見つけると、これを居合い抜で胴を斬った、その者は木から落ちていった。そのまま木から木に移り、手裏剣を投げた者も袈裟切りにした。相手は忍びの者らしく、木から木へと激しく移っていったが、こちらの方が先回りをして、胴や首を次々と斬り落としていった。地面に着くと槍を投げた者に突きを食らわせた。
馬の鳴き声が聞こえたので、そちらの方に走っていくと、木に縛られた馬が九頭いた。乗っている者はいなかった。その馬と木を結んでいる綱を全部切って、馬の尻を思い切りひっぱたいた。馬はたまらず走り去っていった。その間も斬りかかってくる者は、袈裟切りにした。
またしても手裏剣が飛んできた。その方向に走ると黒覆面の者が二人いた。次の手裏剣を投げようとした手を斬り落とし、腹を突いた。
また、網が上から降ってきた。またしても近くにいた者、二人ほどをその網の中に放り込んだ。槍が上から落ちてきた。その槍の落とした場所の上の木に登り、投げた槍をたたき落として、その手首を斬り落とした。そして、木に掴まっているもう一方の手も斬り落とすと、下に落ちていった。
木の上の者を探したが、もういなかった。
下に降りると、五人に囲まれた。この間、選抜試験に来ていた者だった。正面に下段に構える男が立った。真後ろに突きを得意とする者がいた。後ろに下がれば突いてこようとするつもりなのだろう。左右の者は逃げ道を塞いでいる感じだった。切り込んでくる気配はなかった。その間に手裏剣が投げ込まれ、それを刀で弾いている時に、前にいた侍が近付いてきた。地面を擦りそうな所から、一気に刀を振り上げた。しかし、その瞬間、胴ががら空きになった。僕は、その腹を難なく斬り裂いた。そして、その刀の勢いで、左右の者の首をはねた。後ろの突きはかわして、その背中を斬り裂いた。後の一人は逃げようとしたが、背中から刀を突き刺した。
木を背に休んだ。多くの声が飛び交っている。よほどの大人数で来ているのだろう。相手の士気は少しも下がってはいなかった。
「奴を探せ」
「取り逃がすな」
「手傷を負っているはずだ」
相手の返り血を浴びたから、手傷を負っているように見えたのだろう。
目をこらして手裏剣を投げてくる者を探した。二人見つけた。そっと移動して、彼らが気付いた時には、首をはねていた。
「道に追い立てろ」と言う声が聞こえてきた。
どうやら道で待ち伏せしているようだった。
道の側の木に寄ってみると、弓矢隊が前後六人ずついた。この道に追い出して、矢で仕留めようというのだろう。弓矢の後ろには四人ずつの槍を持った侍もいた。
両方で二十人もいる。ここに追い立てられたら、普通はたまらないだろう。
追い立てている側には、浪人風情の者たちも結構いる。普通に考えれば、追い立てている方の一角を切り崩して逃げるのが、一番の策だろうが、僕はそう思っていなかった。
一方の側の弓矢隊を切り崩して、もう一方を破る作戦をとった。
といっても、こっちの思うようには行動はさせてもらえそうもなかった。
結局、弓矢隊の狙いやすい、道の中央に出てしまった。すぐに矢が降るように飛んできた。すべてかわしたのだが、刺さった振りをして、道の側の木の陰に逃げ込んだ。槍がすぐに飛んできたが、その時には、その木の陰にはおらず、一方の弓矢隊の後ろ側にいた。 そして、後ろから次々と首をはねていった。
そして槍を掴むと、それを取り上げて、槍部隊も刺し殺していった。
一方が片づくともう一方に向かった。相手は矢を射る用意をしようとして手が震えていたが、おかまいなく斬り捨てていった。
僕を追い立ててきた者たちの足が止まった。
今度はこちらが追い立てる番だ。
逃げ出そうとする者を次々と斬り倒していった。
忍びの者や浪人たちは逃がしてやった。
しかし、侍たちは逃がさなかった。
彼らが逃げようとする前に立ち塞がった。
「三度目はないと言っただろう」
僕は叫んだ。
「何のことだ」
「聞いてないのか。大目付の嫡男たる者が」
「何」
「そうなんだろう。目付の嫡男も揃っているんだろう」
「何のことだ」
「後で分かるさ。ここで全員、討ち死にするんだからな」
「何をこしゃくな」
斬りかかってきた一人を斬り倒した。
それで全員で向かってきた。さすがに武士だけあって、剣捌きは凄まじかったが、スローに見える僕に、難なく、斬り裂かれていった。あっという間に五人が倒れた。
それを見た残りの者が逃げようとしたが、先回りをして、これを斬り捨てた。
逃げる者を追って斬るのに、一番時間がかかったかも知れなかった。一人も残すつもりはなかった。
斬った後で、それぞれ腰にぶら下げていた印籠を取り上げた。
印籠を持っていない者は羽織の家紋を切り取った。
印籠と切り取った家紋の数は五十を超えていた。
家老の屋敷に着いた時はすっかり暗くなっていた。そうでなければ、道行く人は驚き、赤鬼が出たと騒ぎ出すところだろう。
僕の全身は血だらけだったからだ。
すぐにきくを呼び、風呂に入った。風呂に入るなり、僕は眠っていた。
次の日も、昼近くまで眠っていた。
道場に行き、印籠や羽織の家紋を見せ、どこの家中の物か訊いてみた。
印籠には大目付と目付四人の家紋が入っていた。後はその家中の者の物だろうということだった。
その日の夕餉では、佐竹が「今日は城中、大騒ぎでしたよ」と話し出した。何でも、大目付の所で嫡男たちが宴会を開いていたところ、毒茸の入った鍋を食べたらしくて、食べた者全員が亡くなったという話で持ちきりだったと言う。
まさか全員が斬られたとは言えなかったのだろう。
茸のシーズンでもなかったが、干したり、塩漬けにしておくところもあったから、鍋の具材になってもおかしくはなかった。
綱秀が食中毒になったのに続き、大目付側も食中毒になったとは皮肉なことではあったが、そう処理せざるを得なかった大目付たちもこのまま黙ってはいまいと思った。
来るなら来いという覚悟が、僕にはできていた。