小説「僕が、剣道ですか? 2」

十二
 選抜試験が始まった。
 今回は五百四十名集まった。それらを百八十名ごとに三組に分けて、一日九十組を対戦させることにした。初日は対戦の組み合わせを決めるだけで終わってしまった。三組に分かれたので、対戦する日に道場に来るように言った。そして、勝ち残ったら、また対戦相手を決めて、九十人残ったところで、選抜試験を終えることにした。
 僕は相川たちが考えた方法を黙って見ていた。
 初日は、組み合わせの抽選会で終わってしまった。五百四十名となると、この道場者同士や、堤道場者同士の対戦を最初は避けるというのは、この道場についてはできるが、堤道場は三百名を超える人数のために不可能だった。だから、くじ引きで対戦相手を決めた。それも一つの方法だろうと思った。このくじ引きに時間が取られた。対戦表が作られたのは、午後三時を過ぎた頃だった。
 対戦相手が分かって、喜ぶ者、がっかりする者、それぞれだった。
 二日目になって、最初の九十組の対戦が始まった。
 すべてを相川たちに任せたのだ。見ていると、危なっかしく感じるので、町に出た。
 通りの若い者に「鏡の旦那、今日は選抜試験のはずじゃあ、ないんですかい。いなくてもいいんですか」と訊かれた。
「門弟に任せている」
 そう答えた。
 行くあてもないので、何となく堤道場に向かってしまっていた。
 堤道場の門の前でたえに会った。前と同じように指を絡ませた。
 そして門をくぐり座敷に上がった。
 堤は「選抜試験は、門弟に任せたんですね」と言った。
「はい」
「こっちは明日以降に試験を受ける者たちが稽古を積んでいます」
「そうですか」
 たえがお茶を運んできてから、父の隣に座っていた。
「鏡殿は選抜試験は、気になりませんか」
「なるから、道場を抜け出してきました」
「なるほど」
「こちらの門弟も沢山受けられていますね」
「あの四人を除いて、受けているはずです」
「二日前に山に行きました」
「山ですか」
「ええ」
「どうでした」
「藩が一望できました」
「そうでしょう」
「そこで、山奉行に会いました」
「佐伯殿ですな」
「ええ」
「元気にされていましたか」
「元気でしたよ。佐伯主水之介様、あのお方はどのような方ですか」
「どのようなとは」
「会うとすぐに一太刀、お相手をさせられました」
「ほう、早速、佐伯殿と立ち会われましたか」
「はい」
「で、どうでした」
「木刀が折れたので、止めました」
「木刀が折れた」
「ええ」
「鏡殿が折られたのですね」
「たまたま折れたのです」
「木刀がですか」
「そうです」
「で、どうでした佐伯殿の剣は」
「藩内随一の剣の使い手だと言われているそうですね」
「そう聞いています」
「多分、家臣の中では、一番強いでしょう」
「家臣の中と限定されたのは、何故なのですか」
「堤先生がいるではありませんか」
「ご冗談を。金貸しの用心棒にも手出しができなかったくらいですから」
「用心棒を斬るぐらい容易かったでしょう。でも、それでは解決にならない。解決にならないどころか、面倒になる」
「あの場の私を見ていたでしょう。手も足も出なかった」
「おたえさんが人質に取られていた。人は背負うものが違えば、強くも弱くもなるものです」
「鏡殿がいなければ、私は娘を連れて行かれた」
「果たしてそうだったでしょうか」
「何もできませんでしたよ」
「金貸しといえども斬り殺しては、刑は免れませんからね。堤先生はどうすることもできなかった」
「私は自分の剣の力ぐらいは知っていますよ。鏡殿は娘がいるから、そう言ってくれるのでしょう」
「そういうわけでは」
「いいのです。私は、娘のお腹に鏡殿のお子を授かったことを知った時、よくぞ、やったと思ったものです」
「ご存じでしたか」
「わかりますよ。このお腹ですよ。そして娘が思い詰めた様子で出かけていった日のことも」
「申し訳ありません」
「謝ることなんか、ありません。さっきも申したように、よくぞやった、と思ったくらいでしたから」
 僕は何て答えていいのか分からなかった。ただ、少しほっとした。たえのことを思っても安心した、父上が知っていたのだから。
「鏡殿のお子でしたら、その素質を受け継いでいるでしょう。それは稽古では会得できるものではありません」
 それはそうだろうと、僕も思った。
 たえはこの話を嬉しそうに聞いていた。

 屋敷に戻ると選抜試験はまだ続いていた。午後五時頃だろうか、その時にも六組ほどを残していた。
 終わると、相川を始めとして、さすがに六人は疲れた顔をしていた。
「まだ初日だぞ」と僕は言ったが、彼らの疲れが伝わってくるようだった。