小説「僕が、剣道ですか? 2」

二十四
 山賊たちが今月下旬に飛田村を襲うとしたら、時間がなかった。
 山奉行佐伯主水之介に会いに行った。
 今までのいきさつを忌憚なく話した。
「それはおぬしが気にすることではあるまい」
「そうですが」
「自ら蒔いた種だ。刈るのは自分たちでする他はあるまい」
「…………」
「今回のことを知っていたとしたら、斬らなかったのか」
「いえ、降りかかってきた火の粉ですから振り払っていたでしょう」
「そうだろう。気にするな。おぬしのせいじゃない」
「でも」
「気にかかるんだろう」
「はい」
「おぬしらしいな」
「飛田村に行こうかと思っています」
「結構、遠いぞ」
「準備してから山に入ります」
「行く道はわかっているのか」
「いいえ」
奉行所から人を出してやりたいが、この件は関わるなというお達しが出ている」
「誰か探してみます」
「そうだな」

 佐伯と別れて、町に出た。辻にいる子どもに訊いて、佐野助を探した。佐野助の方が顔が広いに違いなかったからだ。
 佐野助は河原にいた。
 子どもたちと、水切りをして遊んでいた。
「暇だな、お前は」
「おや、鏡の旦那で。今日は何の御用ですかい」
「用がなければ会いに来てはいけないのか」
「そういうわけじゃないんですが、何かあるんでしょう」
「まあな」と言いながら、僕は飛田村のことを話した。
「へえ、そうですかい。で、旦那はどうするつもりなんですか」
「行ってみようと思う」
「あんな辺鄙な所に行くんですかい」
「飛田村を知っているのか」
「知っているも何も、あっしが知らない所なんぞはありません」
「そうか、それは良かった」
「まさか、本気で行く気じゃないですよね」
「さっき行くと言っただろう」
「冗談だと思ったんですよ」
「こんな時に冗談なんか言うものか」
「でもかなり遠いですよ」
「山奉行から聞いて知っている」
「そんな態じゃ、行けませんよ」
「分かっている。それなりの準備をして行く」
「行くのに、はやくても一日半から二日かかりますよ。向こうに着くのは、三日目ということになりますかね。それとも夜中」
「そうか」
「で、いくらもらえるんで」
「何のことだ」
「あっしにただで働かせようって言うわけじゃないですよね」
「お前が道案内するんだな」
「そういう話じゃなかったんですか」
「いや、それでいい」
「一日一分、いや二分出してもらえますか」
「一日二分か、二日で一両だな」
「へえ」
「結構な稼ぎじゃないか」
「あんな山奥を歩くんですよ。それくらいはもらわないと」
「いいだろう」
「それと、山賊とはやり合いませんからね」
「分かっている」
「で、いつ行くんですか」
「明後日だ」
「明後日ですね。で、時間は」
「夜が明けたら、家老屋敷の前で待っていてくれ」
「わかりやした」
「自分の食料は自分で用意しておけ」
「わかってますよ」

 佐野助と別れると、屋敷に戻った。
 きくに飛田村に行く話をした。
「なんで鏡様がそんな所に」ときくは言った。
「関係ないじゃありませんか」
「そうだな」
「それに、鏡様のお命を狙った奴らですよ。どうなろうと知ったことじゃないじゃないですか」
「そうだな」
 僕はきくの言うことを聞き流して、戸棚を開けた。ここに来た時には、冬だったからオーバーや破れてはいたが革手袋があった。
 革手袋は、中年の女中に言って、すぐ繕ってもらうことにした。
「黒い糸でいいですか」
「いいよ。どれくらいでできる」
「この程度なら、夜までに仕上げておきます」
「ありがとう。じゃあ、頼む」
 セーターと厚手のシャツにヒートテックの肌着もあった。ヒートテックのズボン下にジーンズと厚手の靴下にシューズ。シューズとジーンズは前に来た時のもあったから、二つずつあった。厚手のシャツも。
 オーバーには、至るところにジッパーが付いていて、大きなポケットから小さな物まであった。背中のジッパーを開けると、ちょっとしたリュックのような感じになっていた。
 きくに食料を頼んだ。飛田村まで二日かかるとして、相手を倒すのにどれだけの時間がかかるのだろうか。帰りを考えると、少なくとも四日分の食料が必要だった。しかし、そんなには持っては行けない。帰りの分は何とかするしかないと考えた。

 夕餉の席で、家老に「明後日、飛田村に行こうと思っています」と言った。
「何故だ」
「気になるからです」
「山賊のことか」
「はい」
「おぬしが行ったところでどうにかなるものでもあるまいが」
「そうかも知れませんが、じっとしていられないのです」
「許さん、と言ってもおぬしには無駄かな」
「はい」
「わかった。好きにせい」
「ありがとうございます」
「山奉行には伝えておけよ」
「分かりました」

 次の日、山奉行佐伯主水之介に会いに行った。
「どうしても行くのか」
「はい」
「案内人は見つけたのか」
「はい」
「そうか。で、どうする」
「もし、山賊を退治したら、御検分はこちらでされるんですよね」
「それは当然だ」
「では、その時はお願いします」
「本気で退治にしに行くつもりなのか」
「そのつもりですが」
 佐伯主水之介は笑い出した。
「おぬしでなければ、何を大ぼらを吹いているんだと思ってしまうところだ」
「私ならやれそうですか」
「いや、そうは言ってはおらん。無理はするな。おぬしとわしとの間の話だ。見に行ってどうなったかさえ、報告してもらえればいい」
「それでは行く意味がありません」
「平地での戦いではないのだ。ましてや、相手は五十人を超えるのだぞ。いくら、おぬしが強くても、体力が持たん。四、五人、あるいは十人ほどは斬れるだろう。しかし、そこまでだ。それ以上はいかんともしがたい」
「その話、肝に銘じておきます」
「おぬしの躰を心配しているのだ。偵察に行ってきたで十分済む話だ。そこのところを忘れないで欲しい」
「ありがたいお言葉です。ともあれ、明日、山に入りますから、ご許可をお願いします」
「その件はわかった。いつ、戻ってくる」
「それは分かりませんが、様子が分かりましたら、佐野助と言う者をこちらに使わします。その時はよろしくお願いします」
「わかった。だが、無理はするな。おぬし、子が生まれたんだろう。立て続けに二人も」
「どうして、それをご存じで」
「城中で知らぬ者がおらぬ話をわしが知らぬとでも思っていたのか」
「いえ、そんなことは」
「お子の話をしたのは、御身を大切にしろ、という意味だ。それ以上の意味はない」
「ありがたいお心遣い、感じ入りました。忘れないようにいたします」
「くれぐれも無茶をしないように」
「はい」
 僕は山奉行の屋敷から出た。