小説「僕が、剣道ですか? 2」


 家老家の菩提寺の住職に妖刀の話をした。
「それはやっかいな話ですな」
「と言うと」
「妖気がその刀を持っている者を守っているのでしょう。とすれば、その妖気を断ち切らなければならない」
「そうですね」
「鏡殿にそれができますか」
 僕は首を左右に振った。
「これは困りましたね。それではこうしましょう」と住職は言って、机に向かって筆で短冊に何やら書き付けた。そして、和紙にも何やら書き付けた。
 それを僕に渡して、「これを鍛冶屋に持っていき、刀を打ち直してもらいなさい」と言った。
「その短冊の用法は、紙に書き付けたので、それを見て、刀を鍛え直してもらえばいい」
「鍛冶屋と言ってもどこに行けば」
「源蔵さんの所がいいでしょう」
 その鍛冶屋のある場所を教えてもらい、僕は住職に礼を言って寺を出た。

 その鍛冶屋は大通りから二つ目の通りの中程にあった。
 中に入るなり、「なんだい」と言ったのが源蔵だった。僕は住職の紹介だと言って、紙を渡した。紙には、短冊も包まれていた。
「その刀を鍛えて欲しいのか」
「ええ」
「わかった、見せてみろ」とぶっきらぼうに言った。
 僕は帯から鞘ごと刀を源蔵に渡した。
 源蔵は刀を抜いた。しばらく見てから「ほう」と言った。
「この刀には多くの血が吸われている」
「ええ」
「血を吸った刀には、斬られた者の魂が宿る。その数が多ければ多いほど、刀は血を求めるようになる」
「そういうもんなんですか」
 源蔵は僕の顔を見た。
「この刀の持ち主にしては普通の顔をしている。不思議なものだ。そんな顔をしてこの刀を持ってはいられないはずだが」
「どういうことですか」
「この刀にも妖気が漂っている。だから、おぬしもその妖気の影響を受けいるはずなのだが、その気配がまるでない。初めてだ、こんなことは」
 それは僕が違う時代から来たからでしょう、とは言えなかった。時代を超えて妖気が乗り移るとは思えなかった。その刀の妖気もこの時代に封じ込められているのだ。
「この刀は預かる。二日後に来るといい」
 僕は鍛冶屋から出た。
 するとぶつかってくる若者がいた。懐から巾着を取ろうとしていたので、その手をねじ上げた。
「そう簡単には、お金は稼げないよ」
「参ったな。申し訳ありませんでした」
 僕は若者のを手を離した。
 すぐ逃げ出すのかと思ったら、「鏡の旦那じゃありませんか」と言う。
 僕に相手の見覚えはなかった。
「お前のことなどは知らんぞ」
「そりゃそうでしょう。今日、初めてお目にかかったんだから」
「だったらどうして私の名を知っている」
「背の高いお侍さんで着流しで隙がないと言えば、鏡様のことでしょう」
「つまらん評判が立っているようだな」
「でも、噂に聞いていたよりも遥かに若いな。あっしよりも若いでしょ」
「幾つだ」
「二十歳になります」
「それよりずっと若い」
「ですよね。噂では二十三、四ってところですかね」
「そんな歳なのか」
「そうじゃなきゃ、百人斬りなんてできませんよね」
「誰が百人斬りなんてした。でたらめだ」
「でも、そういう噂ですよ」
「噂は噂だ」
「でも盗賊は成敗したでしょう」
「それはそうだが」
「じゃあ、噂は本当だってことですよ」
「もう行け」
「あっしは、佐野助って言います。用があったら呼んでください」
「お前になんか用があるもんか。第一、呼ぶってどうすればいいんだ」
「辻にいる子どもに訊けばわかりますよ。あっしは子どもたちの遊び相手でもあるから」
 佐野助はそう言って、人混みの中に消えていった。根っからの悪党ではないようだった。

 家老屋敷に戻った。道場の者は帰っていた。
 相川、佐々木、落合、長崎、島村、沢田が残っていた。
 それぞれ組になって打ち合っていた。
 僕を見ると寄ってきた。
「私たちに足りないものは何でしょうか」
 皆が真剣な眼差しを向けている。
「速さだな」
「速さですか」
「教えてやろう」
 僕はまず相川を呼んだ。木刀を持たせて、正眼の構えを取らせた。その相川の背後に僕が立ち、相川の木刀を持つ手を上から握った。
「腕の力を緩めておくんだぞ」
「はい」
 そう言った次の瞬間、僕は木刀を振り下ろした。
 相川は木刀を振り下ろしたことも分かってはいなかった。
 しかし、もの凄いスピードで木刀が動いたことは分かった。
 同じことを、佐々木、落合、長崎、島村、沢田にもやって見せた。
 皆、その速度に驚いた。
「もう一度やる」
 もう一度同じことを全員にして見せた。
 僕としては、ゆっくり振り下ろしたつもりだった。本気で振り下ろせば、相川たちの腕が付いて来れずに骨折してしまうからだった。
「その速さになれば、敵はいなくなる」と僕は言った。
「こんなに早く打ち下ろすなんて無理ですよ」
「できるようになるさ。練習を積むのだ」
 僕はそう言って道場を出た。

 風呂に入り、着替えて夕餉の席に着いた。
 家老は「近頃は辻斬りの話も聞かなくなったな」と言った。
 僕は「息を潜めているだけでしょう」と言った。
「そうか」
「はい。また必ず始めます」
「その時は鏡殿に、今度こそ仕留めてもらわなければな」と言った。
「そのつもりです。もう一度会った時が、奴の最期です。次はありません」
「頼もしいことだ」

 桟敷に行くと、きくが「刀はどうなされました」と訊いた。
 目ざといなと思った。
「鍛冶屋に出した」
「どこか調子が悪いんですか」
「そうだな。そんなところだ」
「堤道場にも行きましたよね」
「どうして分かる」
「お出かけになるときは、大抵、堤道場にお行きになるでしょう」
「そうかな」
「そうです」
「子どもはどうだ」
 そう訊くと、きくは嬉しそうに「今日もお腹を蹴ったのよ」と言った。
 きくのお腹はかなり張っていた。あと一月と少しすれば生まれるのだ。
 僕は高校一年生で父親になるのか、と思った。まぁ、夢だからいいけれど。