小説「僕が、剣道ですか? 2」

僕が、剣道ですか? 2


 休み時間だった。僕が窓の外を見ていたら、急に後ろから富樫がヘッドロック(腕の脇に相手の頭を抱えて締め上げるプロレスの技の一つ)をしてきて、「絵理ちゃんに告ったんだろう」と訊いた。
「ああ」
「返事はどうよ」
「教えない、だって」
「何、それ」
「だろう。富樫もそう思うよな」
「うん」

 期末テストは難なくクリアした。もし、僕に良心というものがなかったら、もっといい成績を収めていただろう。何しろ時間を止めることができるのだから、問題の答えを教科書から見つけ出すのは訳がなかった。しかし、カンニングにこの能力を使うのは、格好が悪すぎた。僕は僕の美意識を貫いた結果、とにかく赤点を取ることだけは避けようと思っただけだ。余計に見えてしまったものはしょうがない。書くか書かないかは、僅かに良心が負けた。見えたものは仕方がない、と割り切った。その結果、僕は前よりも成績が上がっていた。

 すっかり冬になっていた。オーバーを着て、革手袋をしていた。
 僕が退院してからすぐに行ったのは、区立図書館だった。そこで夢で見た某藩のことを調べたのだった。閉架式の書庫から、昭和初期の本にその藩のことが書かれていた。
 当主の系図には、綱秀が出て来ていて、最初に見た時には、****年から****年までと書かれていた。それから、時々その藩のことが気になって、その本を館内で読むことが多くなったのだが、綱秀の在位期間がいつのまにか二年間になっていた。最初見た時は確か二十年間だったはずだが、どうしたのだろうと思った。二年間と二十年間を間違えたのかと、始めは思ったが、綱秀が藩主になる前に、大目付と四目付の切腹のことも記されていたはずだったが、その記載もなくなり、綱秀が鷹狩りの途中、落馬により大怪我を負い、そのために死亡と書かれていた。この記載は前にはなかった。
 その後を継いだのが綱久、おそらく側女の子、勇が名前を変えたのであろう、その子が引き継ぐことになったが、まだ四歳のはずである。従って、『側用人斉藤頼母の権勢が強くなり、民百姓が悪政に苦しんだ』と書かれていた。
 家老たちはどうしたのだろう。特に筆頭家老の島田源之助は何をしていたのか。黙って、側用人斉藤頼母の好きなようにやらせていたのだろうか。
 僕はすっきりしないまま、区立図書館を後にした。
 区立図書館は少し高台にあり、その前の道路は緩やかな坂道になっていた。そしてカーブがあり、カーブしている所には少し長い階段があって、下の道に降りられるようになっていた。僕の前には、乳母車に乗った赤ちゃんとお母さんがいて、前からスマホを見ながら電動自転車に乗っていた若者が来た。危ないなと思って見ていると、乳母車と電動自転車が接触して、お母さんの手が乳母車から離れた。悪いことに乳母車は次第に加速を付けて、その階段の方に向かっていく。
 僕は走ってまず電動自転車を飛び越した。その時、乳母車は階段を落ちていくところだった。階段の手すりを掴んで、躰の方向を変え、転がるように落ちていく乳母車を時間を止めて押さえようとしたが駄目だった。
 仕方なく、手すりの上をまるで平らな所を走っているかのように走り降りて、転げながら跳ね上がった乳母車を道路に飛び出す寸前でキャッチした。
 しかし、キャッチしたものの、このままの体勢では道路に叩き付けられるだけだった。そこにまずいことにトラックが来た。そのトラックのフロントガラスに、乳母車を持った僕の躰が叩き付けられた。そして、頭を打った。
 トラックが急停車をした。僕は乳母車を下にしないように躰を回転させて、道路に落ちた。その時、また頭をさっきよりも強く打った。

 僕は乳母車を抱いたまま路上に倒れた。それを見た人が百十九番に電話をした。
 救急車で運ばれたのは、近くの病院だった。
 僕は意識がなかった。
 僕の意識はまたしても違う次元に飛んでいた。