十九
午後一時頃、西新宿署に着いた。僕は未解決事件捜査課に戻ると北川に「運転免許証を検索してくれ」と言った。
「誰をですか」と訊くので「滝沢俊一だ」と言った。
「いいですよ。その前に飯を食べに行ってもいいですか」
「いいよ。私もこれから弁当を食べるから」と言った。
僕は鞄から愛妻弁当と水筒を取り出すと、ラウンジに向かった。お昼時間を過ぎていたので誰もいなかった。それでも、隅のベンチに座った。
今日はのり弁と鮭だった。のりがハートマークに切られていた。
誰もいないので崩しもしないで、端から食べていった。ブロッコリーのサラダを食べると水筒からお茶をコップに汲んで飲んだ。それから弁当箱の蓋を閉めた。
未解決事件捜査課に戻ると、まだ北川は帰っていなかった。仮に受け子が分かっても、だましの電話をかけるかけ子、それを仕切る仕切り役まで辿り着かなければ意味がない。
今回はどこまで行けるかだった。
北川が戻ってきたので、早速、運転免許証の検索をやらせた。数分で、滝沢俊一を見つけた。住所は、新宿区愛染町一丁目**番地ガーデンハイツ三〇二号室だった。
免許証の写真は眼鏡をかけていなかった。どことなく似顔絵と似ていたが、決め手は黒子だった。右頬の黒子の位置が同じだった。
「行きますか」と僕は北川に行った。ズボンのポケットにひょうたんを入れていた。
「わかりました」と答えた。
北川の車で滝沢俊一の所に向かった。二十分ほどで着いた。車を路上に止めて、ガーデンハイツ三〇二号室に行った。ベルを押しても誰も出てこなかった。留守のようだった。僕は時を止めた。ズボンのポケットを叩き、「中の霊気を読み取れるか」とあやめに訊いた。
「読み取れます」
「じゃあ、読み取ってきてくれ」
しばらくすると、ズボンのポケットのひょうたんが振動した。
「映像を送れ」と言った。
一瞬、くらっとした。
滝沢俊一は、今は見習いバーテンダーをしていた。受け子はもうやっていなかった。受け子は危険が大きい割にもらう収入が少なかった。鈴木清子の時でさえも、十万円もらっただけだった。受け子は仕事がないときは、待機するだけで、たまにある仕事でも十万円ほどしかもらえないのだから、割に合わなかった。それで、受け子を辞めて、バーテンダーの見習いになったのだ。時々、元の仲間から呼出しを受けたが断った。元の仲間とは、佐伯亮だった。佐伯はかけ子をやっていた。かけ子とは、オレオレ詐欺でいうと電話をかけてだます方の役のことだった。
僕は時を動かした。
「どうします」と北川が尋ねた。
「戻ろう」と僕は言うと、駐車していた北川の車に乗った。
未解決事件捜査課に戻ると北川に「今度は佐伯亮の運転免許証を検索してくれ」と言った。
「佐伯亮ですか。何か関係があるんですか」と訊いた。
僕は「とにかくやってくれ」とだけ言った。
「はいはい、やればいいんでしょ」と言って、しばらくして「見つけましたよ」と言った。
僕は北川のデスクに行った。パソコンに佐伯亮の免許証が映し出されていた。
住所は、江東区石森四丁目**番地宮川ハイツ二〇一号室だった。
「ここにも行くんですか」と北川は言った。
「ああ、できれば、今日のうちに目星をつけておきたい」と応えた。
午後三時を過ぎていた。江東区石森四丁目**番地宮川ハイツまでは、一時間ほど時間がかかった。
二〇一号室に行くとドアのベルを押した。佐伯亮も出かけているようだった。
そこで時を止めた。ズボンのポケットのひょうたんを叩いた。
「霊気は感じるか」
「人はいませんが残っている霊気なら読み取れます」とあやめは言った。
「だったら、急いで読み取ってくれ」
「はーい」と言ってあやめは部屋の中に入っていったようだ。
しばらくすると「戻りました」と言うあやめの声が聞こえた。
「そしたら、映像を送れ」と言った。
「送ります」
少し目眩がして、映像が送られてきた。
佐伯亮は、広域暴力団関友会の構成メンバーである新井武に言われてかけ子をやっていた。新井武が元締めだった。
佐伯亮は、今日は、友人傘元猛とカラオケに出かけていた。
そこまで見て、時を動かした。
「いないようですね」と北川は言った。
「そのようだな」
「帰りますか」
「ああ」
僕らはまた一時間程して西新宿署に帰ってきた。
未解決事件捜査課に戻ると北川に「今度は新井武の運転免許証を検索してくれ」と言った。
「またですか」と北川は愚痴を言った。
「今日はもう五時になるから、明日でもいい。調べてくれ」と言った。
「わかりました。明日、調べます」と北川は応えた。
今日は定時に退署できたから、家に帰るのも早かった。
きくとききょうと京一郎と京二郎が出迎えてくれた。京二郎はきくに抱っこされていた。
まず、風呂に入ることにした。京二郎も入れることにした。京二郎を抱き上げ、ベビーシャンプーで頭を洗い、ベビーソープで躰を洗った。シャワーをかけて全身を洗い流すと、脱衣所で待機していたきくに渡した。その後で、僕は頭と躰を洗い、髭を剃り、湯船に浸かった。
オレオレ詐欺の構図が分かってきた。新井武が元締めですべての段取りをつけ、かけ子を佐伯亮がやり、受け子を滝沢俊一がやっていたんだ。
受け子の滝沢俊一は捕まえられても、新井武まで辿り着けるか分からなかった。というより、多分、難しいだろう。
滝沢俊一の身柄を拘束したら、かけ子の佐伯亮と新井武の関係を捜査二課に伝えて、後は任せるのが一番だと思った。未解決事件捜査課でできることはそこまでだろう。そして、それで十分だ。
そこまで考えて、風呂から上がった。
バスローブ姿で、ダイニングに行くと、きくがビールを用意してくれていた。僕はコップに注がれたビールを飲んで、やっと今日一日から解放された気分になった。
夕食後、テレビを見た後、ベッドに入った。きくが僕の隣に入り込み、眠ると、僕は時を止めて、鞄の中から、ひょうたんを取り出した。そして、ダイニングルームに行き、ソファに寝転がった。そこでひょうたんの栓を抜いた。あやめが現れた。別にひょうたんの栓を抜かなくても、あやめは自由にひょうたんから出入りできるのだが、これは一種の儀式だった。それで僕と交わることを許していたのだった。僕はあやめと交わった。今日は、何度も使ったので、あやめも燃えていた。長い交わりだった。僕は疲れたので離れた。そしてシャワーを浴びた。脱いだパジャマを着ると、あやめをひょうたんに入れ、鞄にしまった。それからベッドに入り、時を動かした。