小説「僕が、警察官ですか? 5」

二十

 次の日、定時に未解決事件捜査課に行くと、皆揃っていた。僕は北川を呼び、昨日与えた指示をもう一度言った。

 すると北川は「もう検索し終わっています」と言った。北川のデスクに行くと新井武の免許証が映し出されていた。僕は手帳を取り出して、その住所を書き込んだ。新井武は北区に住んでいた。

 沢村孝治に「ちょっと出てくる」と言って、未解決事件捜査課を後にした。その時、北川が自分には声をかけないのか、というような顔をしたが、無視した。北川は相手が広域暴力団関友会の構成員だということを知らないのだ。だから、関わらせたくなかった。

 タクシーを捕まえて、新井武の住宅まで行った。広い家だった。ドアホンを押した。女性の声でドアホン越しに「どちら様ですか」と訊いてきた。僕は「西新宿署の鏡京介といいます。今、新井武さんはご在宅でしょうか」とドアホンに向かって言った。

「あいにく主人は事務所に行っています」

「事務所はどちらでしょうか」

「新宿区歌舞伎町三丁目**番地****にあります」と言った。

「ありがとうございました」と言うと「どういたしまして」と言って切れた。

 僕は時を止めて、ズボンのポケットのひょうたんを叩いた。

「この家の新井武の霊気を読み取ってこい」と言った。

「はーい」と言うあやめの声がした。

 時を止めたままで、しばらく玄関先で待っていた。そのうち、あやめが戻ってきた。

 僕は時を動かして、新井の家の前から離れた。歩きながら、「映像を送れ」とあやめに言った。あやめから映像が送られてきた。一瞬だけ立ち眩みがしたが、すぐに良くなった。

 歩きながら、映像を再生した。自宅では裏の顔を見せずに、いい父親をしていた。それでも考え事をしている場面が出てきた。関友会絡みの件が多かった。

 新井武は五十二歳になっていた。しかし、関友会では無役だった。密かに若頭の座を狙っていた。それには上納金をもっと納めなければならなかった。薬は実入りが多かったが、すでに他の人のテリトリーになっていた。オレオレ詐欺にも限界があった。他にもやっている奴が多かったのだ。受け子やかけ子に一部を渡さなければならない。その他に筋書きを作る奴も必要だった。実際に手元に残るのは、詐取した金融の六割から五割程度だった。そして定期的にやれるもんじゃない。毎日、電話をかけても上手くいくのは一割にも満たなかった。それに詐取する金額をそれほど高額にするわけにはいかなかった。銀行などの預金の解約をするほどの額になると、銀行員も使い道を尋ねてくる。その過程でオレオレ詐欺だということがばれる場合もある。だから、多くても二、三百万円程度だった。人手がいる割には実入りの少ない犯罪だった。それで、オレオレ詐欺で手に入れた金で高利貸しを行っていた。これもハイリスク・ハイリターンの世界だった。高利貸しに来る奴は、銀行はもちろんのこと、まともな町金融でも断られた奴らばかりだった。担保物権も少なかった。腎臓が一個ない者も多かった。そんな奴らに金を貸しても金をドブに捨てるだけだった。結局、高利貸しももうけは少なかった。だから、新井は焦っていた。もうけ話を血眼のように追っていた。

 もうここまで来ると、未解決事件捜査課の出る幕は無くなっていた。僕はタクシーで西新宿署に戻った。

 未解決事件捜査課に入ると、北川を呼んだ。

「滝沢俊一の所に行くぞ」と言った。午前十時頃だった。

「わかりました」

 北川の車で滝沢俊一の住む愛染町一丁目**番地ガーデンハイツに行った。路上に車を止めて、三〇二号室を訪ねた。滝沢はいた。寝ぼけ眼で顔を出した。

「ちょっと署まで来てもらえませんか」と言うと、「何ですか」と訊いた。

「鈴木清子さんの詐欺容疑で話が聞きたいんです」と僕が言った。

「鈴木清子なんて人、知りませんよ」と滝沢は言った。

「あなたは覚えていなくても、鈴木清子さんは覚えているんですよ。何しろオレオレ詐欺に遭ったんだから」と言うと、滝沢の顔色が変わった。とっさに逃げようとしたが、「無駄ですよ。ここは三階ですから」と僕は言った。

「署まで来てもらえますね」と念を押した。

「着替えてくるので待っていてください」と言って、滝沢は中に入っていった。

 僕は時を止めた。ズボンのポケットのひょうたんを叩いた。

「滝沢の様子を見てきてくれ」と言った。

「はーい」と言う声がした。そしてすぐにあやめは戻ってきた。

「服に着替えています。観念したようです」と言った。

「分かった」と言うと時を動かした。

「早くしてください」と僕が言った。

「もう少し待っていてください」

 ほどなくして滝沢は夏物のスーツを着て出てきた。

「じゃあ、行きましょう」と僕は言った。

「ぼくは逮捕されるんですか」と滝沢が訊いた。

「取調いかんです。さぁ、行きましょう」

 滝沢は靴を履き、玄関ドアの鍵を閉めた。

 北川の車まで来ると、後部ドアを開け、先に滝沢を乗せ、僕が隣に座った。

 北川の車は動き出し、西新宿署まで行った。

 滝沢を車から降ろすと、八階の取調室に連れて行った。

 取調室に入ると、「これからあなたの取調を行います」と僕が言った。

「私が、鏡京介といい、こちらは北川雄一です」と紹介した。それから取調が始まった。

 最初に、鈴木清子の名前を出したが、滝沢は覚えていなかった。あやめを使って、調べさせると三十四件もの受け子をやっていた。指示は佐伯亮から受けていた。

 三十四件もの自白を取ることは、捜査二課に任せることにして、鈴木清子一件だけでも自白を取りたかった。しかし、忘れているようなので、あやめを使って思い出させた。

「ああ、わかりました。南浦瀬のおばあさんですね。二百万円確かに受け取りました」

 これで自白が取れた。調書を作り、読み上げた。

「間違いないか」と僕が訊いた。

「間違いありません」と滝沢は答えた。自白調書にサインをさせて拇印を押させた。

 余罪と、佐伯亮については、捜査二課に任せることにした。

 調書を捜査二課に持って行き、二課の課長高瀬良一に現状を報告した。

「滝沢俊一は、鈴木清子の一件については、このように自白しています。しかし、他に三十三件の余罪があります。そちらの調査と取調は私どもの手に余るので、後は任せます。滝沢俊一に指示を出していたのは、佐伯亮という者です。住所は分かっているのでそちらも調べてください。そして、これが肝心なのですが、このオレオレ詐欺の元締めは広域暴力団関友会の新井武です。残念ながら、私どもの捜査では、そこまで辿り着けませんでしたが、これを念頭に置いて捜査してみてください」と僕は言った。

「わかりました。極力、やってみます。ありがとうございました」と高瀬は言った。

 僕は「では、後は任せましたよ」と言うと「はい」と高瀬は答えた。

 僕は捜査二課から未解決事件捜査課に戻った。

 北川を呼んだ。

「後は、捜査二課に任せてきた。私たちの仕事はこれで終わりだ。よくやった」と北川に言った。