小説「僕が、警察官ですか? 2」

 水曜日に、安全防犯対策課に行くと、署長からお呼びがかかった。

 昨日の防犯キャンペーンに何か問題でもあったんだろうかと思いながら、署長室に向かった。

 入って行くと、ソファに座るように言われた。

 女性巡査がお茶を運んできた。

 僕の前のソファに、署長が座ると、「昨日のキャンペーンは大盛況だったらしいね」と切り出してきた。こういうときは、あまり良くない話が来るものだと覚悟した。

「ええ、そうらしいです。行った部下からそのように報告を受けました」と答えた。

「それで、来月、黒金幼稚園と保育所でも同じようなキャンペーンをして欲しいんだそうだ」

「分かりました。すぐに部下に伝えます」

「それから、銃器の扱い方を教わるように。これは命令だ。毎週、月曜日の午後に警察学校に銃器の教習に行くように。そしてそのあと、西新宿署にも行くように」

「銃器の教習ですか」

「そうだ」

「安全防犯対策課には銃器の所持は認められていないでしょう。必要があるんですか」

「それには、答える必要はない。そういう上からの命令だ。それと、その日は、剣道の道具も持って来るように」

「どうして剣道なんですか」

「君は全国警察剣道選手権大会を二連覇している。ここには道場がないが、警察官なら柔道か剣道はするものだ」と言った。

「お言葉を返すようですが、したくないからです」と答えた。

「どうしてしたくないのだ」と訊いた。

「どうしてと言うより、もう卒業したと思っているからです」と答えた。

「全国警察剣道選手権大会を二連覇している以上、大会には出てもらう。そのためにも剣道の練習をするんだ」

「…………」

「西新宿署の西森幸司郎を知っているか」

「はい。でも、彼は北渋谷署ではなかったんですか」

「今年から、西新宿署の捜査一課に配属になった。彼は昨年の全国警察剣道選手権大会の準優勝者だ。君に敗れて、準優勝になったのだが、その彼が君を指名してきた。月曜日に西新宿署に行った時に、彼と立ち会うんだな」と言った。

「それは命令ですか」と訊くと「命令だ」と答えた。

「分かりました」と言うしかなかった。

 

 署長室を出た時、気が重かった。僕が黒金署になったことを快く受け入れた一つの理由は、剣道の施設がないからだったのだ。

 だが、警察はそれを許してはくれないようだ。

 

 僕は安全防犯対策課に戻ると、デスクに座った。

 しばらく黙っていた。重苦しい空気が流れていた。

 警視庁に配属された時、府中市にある警察学校に通った。そこで、警察官の一通りを学んだ。当然、銃器についても学んだ。

 そして、一年間交番勤務をして、その後また警察大学校で学び、それから黒金署に勤務することになった。

 長い沈黙に堪えかねたように、緑川が「何かありましたか」と訊いた。

 僕は重い口を開いた。

「防犯キャンペーンは好評だった」

 そう言うと安全防犯対策課のメンバーから歓声が上がった。

「それで来月、黒金幼稚園と保育所でも防犯キャンペーンをして欲しいと言ってきているようなんだ」

「それはいい話ではないですか」と緑川は言った。

「そうだな。で、緑川君、段取りをつけてくれないか」と言った。

「わかりました。早速、先方と連絡を取ります」と応えた。

「それから、私は毎週月曜日の午後から警察学校に行くことになった。その後は西新宿署だ。つまり、月曜日は午後からはここには帰って来ない。だから、各自、定時に退署するように」と僕は言った。

 緑川は、早速、黒金幼稚園と保育所に電話をかけていた。

 僕は鈴木浩一を呼んで、「私が来るまで何をしていたんだ」と訊いた。

「みんなで防犯マップの点検をしていたんです」と言った。

「防犯マップって交通安全課が作っていたよね」と言うと、「それじゃなくて、警察内部で扱っているものです」と答えた。

「警察内部?」

「ええ、知りませんか」と言うので、「ああ」と答えた。

 それで「済みません。ちょっとパコソンお借りします」と言って、キーボードを叩いた。

「これが黒金地区の防犯マップなんです」と鈴木は言った。

 ディスプレイには、黒金地区の地図が映し出されていた。

「交通安全課が作成したマップには、書かれていませんが、このマップには防犯カメラの設置場所が書かれているんです」と言った。

「このカメラマークがそれです。バッテンがついているのは、録画機能がない物です」

「ほう。こんなにも防犯カメラが設置されているのか」と僕は驚いた。

「この地図を見るとわかるように、死角になっているのが、こことここと黒金公園なんです」と言った。

 黒金公園を除く箇所は、袋小路になっている場所だった。かつて、僕はそこに何人かを誘い込んで、ボコボコにした(「僕が剣道ですか? 3」参照)。そこに、防犯カメラがなかったことは、その頃から知っていた。

 防犯カメラが設置されていない通りもあったが、そこを通れば、次の通りの防犯カメラに写る。だから、その通りに防犯カメラがなくても大丈夫なのだ。

「このバッテンのついているカメラの設置主に、録画機能付きのものを設置することをお願いしようと思っているんです」と鈴木は言った。

「なるほど、いい考えだな」と僕は言った。

 

 午後五時になったので、僕は退署した。

 家に帰るとホッとする。きくとききょうと京一郎の出迎えを受けて、家に入った。

 そのまま、納戸にしまわれていた剣道道具を取り出してみた。

 去年行われた全国警察剣道選手権大会から、まだ一年と経ってはいなかった。だが、随分と昔のような気がした。

 二連覇した。定国の力がある上に、いざとなれば時を止められる以上、何度でも優勝することはできる。だから、もういいいと思っていた。しかし、また剣道をするはめになってしまった。

 竹刀ケースから袋に包まれていた定国を取り出した。

 鞘から抜いて見る。

 蛍光灯に、その刃が煌めく。目映いくらいだった。

 定国を鞘に収めた。そして、袋に入れ、竹刀ケースにしまった。

 

 寝室に入ると、きくがやってきて、着替えの手伝いをした。僕が着替えるまで待っていたのだ。それは子どもたちも同じだった。

 ダイニングルームの長ソファに行くと、ききょうと京一郎が寄ってきた。

 それぞれ抱き上げた。