小説「僕が、剣道ですか? 3」

三十七
 家に帰り着いた僕はリュックのようになったオーバーコートとショルダーバッグを持って自分の部屋に上っていった。部屋に入り、オーバーコートとショルダーバッグをそこらあたりに置くと、ベッドに倒れ込んだ。そして、そのまま眠った。
「ご飯ですよ」ときくが耳元で言ったので、僕は起きた。時計を見ると、午後八時だった。
 起きてみると、ベッドカバーがひどく汚れていた。革ジャンも汚れていた。
 鏡を見ると、顔は泥と埃と血で汚れていた。
 ジーパンの汚れが一番ひどかった。オーバーコートも汚れていた。
「先に風呂に入る」と階下の母に言った。
 ジーパンを脱ぎ、ベルトやポケットの中の物を出し、チェーンを外すと丸めた。
 靴下を脱ぎ、下はトランクスだけになったが、スウェットの上下を持つと、ジーパンと靴下を持って、階段を下り、風呂場に直行した。
 ジーパンと靴下と長袖のシャツと肌着とトランクスを丸めて、洗濯機の中に入れた。
 それから、風呂場を開けると、風呂は焚けていた。まず、躰に湯をかけてから、頭を洗った。その時、風呂場の戸が開き、きくが入ってきた。
「今日はいいよ」と僕は言ったが、「お背中をお流しします」ときくが言った。
 僕は頭を洗い、きくが背中を流してくれた。
 シャワーで頭と躰を洗うと、湯に浸かった。
 気持ちよかった。うっかりすると、眠ってしまいそうになった。
 きくが「眠っては駄目ですよ」と言って、眠りそうになると、起こしてくれた。
 バスタオルで躰を拭くと、新しいトランクスを棚から出して穿き、肌着を着ると、スウェットの上下を着た。
「きく、先に上に行ってるぞ」と声をかけると、階段を上がっていった。
 間もなくきくも来た。
 父と母は先に食べていた。僕ときくは「いただきます」と言って、塩鮭をメインにした夕食を食べた。
 僕は食べ終わると、「ごちそうさま」と言って、自分の部屋に上がっていった。
 部屋に入ると、ベッドカバーを剥がして、一階まで下りていき、それも洗濯機の中に入れた。
 もう一度、部屋に戻ると、僕はベッドに入りそのまま眠った。

 次の日、起きたのは午前十一時だった。
「よく寝ていましたね」ときくが言った。
「朝ご飯ですよ、と言っても起きませんでした」と言った。
「そうか。もう少し眠っているよ」と僕は言って、また眠った。
 昼食に起こされると、僕はダイニングに行った。
「昨日は、何かスポーツでもやったの」と母が訊いた。
「ああ、結構しんどいスポーツをやった」
「何をしたの」
「ワン・オン・ワンのバスケット」とでたらめに答えた。
「それ、なに」と母が訊くから「一対一のバスケのことだよ」と答えた。
「そう。それにしても随分汚したのね」と母は言った。
 ジーパンは丸めて入れたのに、母はそれを広げて見たのだ。
「怪我はしてなさそうね。誰かと喧嘩でもしたんじゃないかと思ったわ」と母は言った。
 見透かされていたんだ、と思った。母には勝てないとも思った。
 昼食を食べた後も、僕は部屋に入ると眠った。いくら眠っても寝足りなかった。
 携帯電話で起こされた。
「おい、凄いことになっているぞ」
 いきなり、富樫がそう言った。時計を見ると、午後三時半頃だった。
「何だよ、いきなり」
「お前、黒金高校の竜崎雄一をやっつけたんだってな」
「誰だ、そいつ」
「とぼけんなよ、その話題で黒金高校は大騒ぎだぞ」
「そんなこと知らんな」
「知らねえはずはないだろう。竜崎雄一の無様な写真が添付されてそこら中にばらまかれているぞ」
「僕は知らないね」
「お前と昨日、やったっていう噂が飛び交ってんだよ」
「だから、知らないって言ってんだろ」
「じゃあ、デマが飛び交ってんのか」
「そうだろう」
「俺もその写真手に入れたんだよ、黒金高校のダチから」
「お前、あの黒金高校にもダチがいるのか」
「いちゃあ悪いのか」
「悪かぁないけれど、評判良くないぜ」
「それはわかっている。でも、黒金高校の奴が全員、不良ってわけじゃないからな」
「そりゃそうだろう」
「これからお前んち、行ってもいいか」
「断る。今は眠りたいんだ」
「こんな時間にか」
「どんな時間でもいいだろう」
「そうか、わかった。明日、始業式だから、明日にするわ」
「じゃあ、切るぞ」
 そう言って携帯を切った。竜崎雄一の写真を黒金高校のメールアドレスに記録されていた奴には全員送ったから、それは大騒ぎになっているだろうな、と思った。これで、竜崎雄一を含めて三百十一人を倒してきたことになる。現在の黒金高校の在籍数は公式発表では六百四十二名だから、ほぼ半数を始末したことになる。
 仮にまだ残っていたとしても、僕に刃向かってくる奴はもういないだろう。黒金町も安心して歩ける町にしたというわけだ。
 とにかく、僕はそれから眠った。

 次の日、学校に行くと、早速富樫に見つかって捕まった。
「これだよこれ」と言って、竜崎雄一が鎖で吊るされている写真を見せた。
「ほんとにお前じゃないのか」
「違うよ」
「噂では、お前とやり合って、こんな様になったって話だがな」
「何かのデマだろ。僕が竜崎をやれるわけないじゃないか」
「まぁ、そう言われればそうだよな。相手は黒金高校の番長だからな」
「そうそう、そんな奴、やれるわけがない」
 富樫は僕の話を信じたようだった。

 だが、沙由理は違っていた。
「あなたならやると思ってたわ」
「何のこと」
 竜崎雄一の写真を携帯で僕に見せた。
「そんな写真、どこで手に入れたんだ」
「わたしにもいろいろな友達がいるの。その一人からよ」
「で、そいつを僕がやったって思っているわけ」
「当然でしょ」
「おいおい、僕にそんな芸当は……」と言ったところで、沙由理は遮って「できるわよね」と言った。
「わたしを黒金不動産から助けてくれたじゃない。彼らを相手にしたのよ。高校生なんて、チョロいもんでしょ」
 沙由理は楽しそうに言っている。
「正月二日の日にカラオケに行ったわよね。あの時、呼び出したのが、黒金高校の矢島敬一っていう奴だったのよね。彼と話を付けて、竜崎雄一を呼び出したんでしょ。あの時の彼、矢島くんの様子が変だったもの」
 沙由理には見抜かれていたようだった。だが、僕はあくまでもしらを切った。
「そうだったかな」
「しらを切っても駄目よ。わたしにはわかっているんだから。あなたは普通じゃない。何かとてつもない野性的なものを感じるの」
「で、何が言いたいんだ」
「また、カラオケ行きましょ」
「お母さんに止めらているんだろ」
「でも、この前は呼び出しわよね」
「あれは成り行きだよ」
「その成り行きで、カラオケにまた行きましょう」
「分かった。また後でな」
「いいわ、携帯に電話するから」
 僕は面倒だったので頷いた。そうしたら、沙由理は離れていった。