小説「僕が、剣道ですか? 3」

三十一

 今日は、戦闘モードの服を着て、正午に新宿南口の改札の前に行った。

 沙由理はもう来ていた。

 昼を駅ビルのイタリアンレストランで食べようとしたが人でいっぱいだったから、ハンバーガー店で軽く食事をして、すぐにカラオケ店に向かった。

 午後一時に予約を入れてあったから、奥の部屋に案内された。

 中に入ると、沙由理は適当にカラオケの予約を入れて、イントロが流れ出したら、オーバーコートを脱いだ僕に抱きついてきた。そして、舌を絡ませる熱いキスをしてきた。

 キスをしながら、僕のジーパンのベルトを外した。ジーパンとトランクスを下ろすと、僕をソファに押し倒して、僕の上に乗ってきた。ストッキングは穿いていたが、股のところが空いているタイプの物だった。

 ショーツをずらすと、手でしごいて立っていた僕の物を受け入れた。

 躰を倒して、キスしながら、「ずっと前から、こうしたかったの」と言った。

 カラオケの音が止まると、また予約を何曲も入れた。音が流れ出すと、沙由理は声を上げた。そして何度かいった。

 一時間は短かった。

 僕は備え付けのティッシュで股を拭いて、トランクスとジーパンを引き上げた。

 その時、ドアが開いた。僕は咄嗟に沙由理を抱き寄せてキスをし、真紀子が入ってきたので驚いて離れる演技をした。

「ちょっと早かった」と真紀子は言った。

「いいのよ。時間通りなんだから」と沙由理も何事もなかったかのように言った。

「彼、富樫元太って言うの。わたしの新しいボーイフレンド」

「富樫元太です。よろしく」

「こちらこそ、よろしくお願いします。わたしの彼は遅れるって言っていたけれど、きっとすぐに来るわ」

「そう」と沙由理が言い、「何か注文する。わたしたちもあなたたちが来てからと思って、まだ注文してなかったの」と続けた。

「僕はコーラとポテトチップス」と僕が真っ先に言った。

「じゃあ、わたしはアップルジュースにするわ。真紀子は」

「わたしは取りあえずジンジャーエールにする」

 沙由理が、壁の受話器を取って、僕らが言ったものを注文した。

「次は真紀子が歌って」と沙由理が言った。

「わかったわ」と言って、リストブックから曲を選んで、その番号を手元の入力機に入れていった。

 その間に沙由理がトイレに立った。僕との後始末をしに行くのだろう。

 イントロが流れて、真紀子が歌い出した。僕は声を出して囃した。

 一曲が歌い終わっても沙由理は戻ってこなかった。

「次は、富樫さん歌って」と言われたので、レミオロメンの粉雪を入力した。

「あっ、わたしこれ、めっちゃ好きなの」と真紀子が言った。

 僕が歌っている時に、沙由理が戻ってきた。

「彼、歌がうまいわね」という真紀子の声が聞こえてきた。僕はより気持ちを込めて歌った。歌い終わると、真紀子の拍手に迎えられた。

「次は沙由理ね」と真紀子は言った。

 こうして三十分ほど経った頃に、真紀子の彼氏が現れた。

 僕は彼が入ってくるまで、沙由理の陰に隠れるようにしていた。

 彼が入ってくると、「遅れて済みません」と言った。

「彼の名前はなんて言うの」と僕が訊いた。

「矢島敬一って言うの」と真紀子が答えた。

 矢島敬一は僕の顔を見た。すると、見る見るうちに顔色が変わっていった。

「来た者が歌うのよ」と沙由理が言った。

「じゃあ、レミオロメンの粉雪を歌おうかな」と矢島は言った。

「あっ、富樫くんが歌ったのと同じだ」と真紀子が言った。

「富樫?」と矢島が呟いた。

 真紀子が入力機にコードを入れていた。

 イントロが流れた。矢島は歌い出したが、気は別のところにいっていたから、ボロボロだった。期待をしていた真紀子が「いつもより下手じゃん」と言った。

 歌い終わると、矢島は「トイレに」と言って立ち上がった。

 僕もすぐに「僕も」と言って席を立った。戸口の所で少し待って戸を開けた。

 矢島が携帯を取り出して、電話をかけようとしていたところだった。

 僕は矢島に近づき携帯を持っている手を右手で掴んで、そのかけている電話番号を見てから、「トイレに行きましょうよ」と言った。その瞬間に左手でその電話番号を携帯で写真に撮られているとは思わなかっただろう。

 僕は無理矢理、矢島をトイレに連れ込んだ。幸い誰もいなかった。

 奥の個室のトイレに、矢島を連れ込んだ。

「誰に電話しようとしてるんだ」と訊いた。

「誰だっていいじゃないか」

 矢島の腕をねじり上げた。

「この腕を折られてもいいんだな」と僕は言った。

 矢島は呻きながら「市川さんですよ」と言った。

 僕は携帯で録音しながら、「市川何て言う奴だ」と言った。

「市川修三さんですよ」

「その市川修三は、竜崎雄一と連絡を取れるか」

「どうしてその名を」

「そんなことはどうでもいいだろう。訊いたことだけに答えろ」

「多分、連絡できると思います」

「だったら、そいつに電話しろ」

 そいつの右手から携帯を話して左手に持たせた。右手はねじり上げていた。

「あっ、市川さんですか。矢崎敬一です」

 そう言ったところで、奴から携帯を奪って、耳に当てた。

「こんな昼間に何の用だ」

「鏡京介のことですよ」

「鏡京介を見つけたのか」

 相手は、僕自身がかけているとは思わなかったようだ。

「ええ、見つけました。ここにいます」

「そこはどこだ」

「俺が鏡京介だよ」

「何」

「俺のことは知っているよな、市川修三」

「どうして俺の名を。あっ、矢島が言ったんだな」

「そんなことはどうでもいい。二分後までに竜崎雄一にこの携帯に電話をかけさせろ」

「そんなの無理だ」

「無理でもやれ。そうしなければ、こっちから仕掛けるからな。竜崎雄一のことは分かっているんだ。奴に逃げ場所はないぞ。とにかく、二分後に連絡なければ、戦争を仕掛ける。分かったな」

 そう言って僕は電話を切った。

 二分は、竜崎雄一と連絡を取るギリギリの時間だろう。こっちもいつまでもトイレにはいられないからな。

 矢崎敬一が動こうとしたので、より一層腕をねじり上げた。矢崎は呻くしかなかった。

 二分後に携帯が鳴った。

「鏡京介か」

「そうだ。竜崎雄一か」

「ああ、俺に携帯をかけさせるとはいい度胸だな」

「そっちこそ、ちびってんじゃないのか」

「何の用だ」

「そろそろ、決着をつけようぜ」

「ふん、そっちから決闘を申し込んでくるとはな」

「そんなこと、どうでもいい。やるのかやらないのか、どっちなんだ」

「やらないと言ったら、どうするんだ」

「そっちの兵隊を一人ずつ潰していくだけだ」

「大変な数だぞ」

「やられた数も相当なもんだろ」

「わかった。決着をつけよう」

「そうこなくちゃ」

「今度の日曜日はどうだ」

「いいね。で、場所と時間は」

「黒金町の西の外れの廃工場を知っているか」

「知らねぇ」

「昔は、黒金金属工業という会社があった場所だ」

「ネットで調べれば分かるだろう。で、何時だ」

「正午はどうだ」

「『真昼の決闘(監督:フレッド・ジンネマン、脚本:カール・フォアマン、製作:スタンリー・クレイマーカール・フォアマン、出演者:ゲイリー・クーパーグレイス・ケリー、製作会社:スタンリー・クレイマー・プロダクションズ)』だな」

「そういうことだ。こっちは人数を揃えて行くぞ。その時になって、逃げ出そうと思っても無駄だからな。お前んちは知っているからな」

「ああ、一度、石を投げ込まれた」

「あれは警告だったんだがな」

「無駄だったようだな」

「一月七日、日曜日、正午に廃工場だからな」

「分かった。こっちも覚えは悪くないんでね」

 携帯を切った。そして、今かかってきた電話番号を写真に撮った。

 録音は止めた。

「このことは彼女たちに黙っていろよ。それから仲間に連絡するような下手なことはするなよな」と言って、携帯を返し、右手を離した。

 奥の個室から男が二人出てきたから、小用を足していた者は驚いたようだった。

 矢崎敬一を押すように、カラオケ室に入れた。

 僕が沙由理の隣に座ると「長いトイレだったわね」と言った。

「ちょっと下痢気味でね」

「彼はどうしてたの」

「律儀に待っていてくれたのさ」

「そうなの。もうそんなに親しくなったの」

「ああ、随分と親しくなったよ。なぁ、矢崎」

 矢崎敬一は仕方なく頷いた。

「で、何を歌う」

「やはり、X JAPANの紅かな」

「すぐ、入れるわね」

 矢島は「俺、急用を思い出したので、帰るわ」と言ってカラオケの部屋から出て行った。

「待ってよ」と真紀子がその後を追った。でも、すぐ戻ってきた。

「ご免ね」と言った。

「いいさ」と僕は言った。

 イントロが流れ出すと、僕はマイクを握った。

 

 その後、一時間ほど歌って、カラオケ店を出た。

 周りを見たが、怪しい奴は見当たらなかった。

 沙由理は僕の腕に腕を絡ませていた。

「わたし、役に立った」

「立った、とても」

「だったら、キスをして」と言った。

 まだ、昼間の三時半を少し過ぎたところだった。

 だが、道の端に沙由理を寄せると、唇を合わせた。