十三
自分の顔を見るのが嫌だった。三十数年培ってきた感覚からしても、元の方がましだったと思えるのに、殺した人間の顔になるなんて最低だった。これから先は、いつも鏡という、そこら中にある恐怖に脅かされながら、暮らさなければならないのだ。窓ガラスでさえ、鏡になるのだ。
時々、元の顔をイメージしている自分を発見する。怒っている顔、笑っている顔、泣いている顔、得意げな顔。多くは家族と一緒の時の記憶だったが、嬉しそうにしている顔の時には隣に北村がいた。北村の顔も浮かんできた。
やがて、私は悲しい絶望に陥る。過去の表情という形で、私は多くの記憶を所有している。しかし、現実の仮面がその記憶をすべて切り裂いていくのだ。
私はそのまま微睡んだ。
私は富岡という仮面を剥がそうとしていた。手にはカミソリを持っていた。それで顔の皮膚を剥いでいった。血が夥しくしたたった。カミソリが当たっている顔のところはとても痛かった。しかし、半分ほど剥いだところで、その下から高瀬である自分の顔が見えてきた。痛くてももう少しの辛抱だった。
私はやがて全ての仮面を剥ぎ取った。血で濡れた顔を洗った。そして、鏡を見た。
しかし、そこにはやはりのっぺりとした富岡が映っていた。
私は、二度と外す事のできない富岡という鉄仮面を被ってしまっていたのだった。
午後、約束通り真理子が訪れた。
「会社に寄ってきたの」
私は電動ベッドを動かして、半身起き上がるようにしていた。
「凄い事になっているわよ」
真理子は顔を寄せて言った。その甘い息が顔に吹きかかった。
「もう六千本売れたんですって。発売一週間でよ。でもまだまだ売れるって」
真理子は興奮していた。会社での熱気をそのまま持ち込んできたかのようだった。
五万八千円のソフトが六千本売れる。それは販売手数料が引かれたとしても、二億数千万円ほどの売上が会社にもたらされる事を意味していた。そこから各種費用を引いたとしても利益は一億円を超えているだろう。だから、これからは売れれば売れるほど利益が会社にもたらされる事になる。
これが(株)TKシステムズで起こった事なら、すべての借金を返済してもおつりが来るくらいだった。社員には特別ボーナスを出していただろう。
だが、これはトミーソフト株式会社で起こった事なのだ。私が考案し、北村が二年かけてプログラミングしたソフトなのにだ。私は怒りに震えた。だが、そんな怒りはちっぽけなものだった。
真理子は私の首筋に手を回し、私の顔を起こすとその唇が私の唇に触れた。
あっという間だった。私の怒りはその瞬間に地に沈み、その唇の感触にすぐに高揚した。
「やっぱり、あなたは天才だわ」
目の前に見える真理子を抱き締める事ができたなら、そうしていただろう。
ほんの一瞬の間に、恋をし始める青年のように、私の心は躍った。
「もう一度……」
そう言おうとしたが、声はゴロゴロ鳴るばかりだった。
「嬉しいのね。わかっているわ」
もう一度、真理子はキスをしてくれた。それはとても甘美で、ある意味とても危険なキスだった。