小説「僕が、警察官ですか? 2」

十八

 府中の警察学校を午後四時に出た。

 覆面パトカーに乗って、西新宿署に向かった。

 西新宿署には、午後五時少し過ぎに着いた。

 すぐに地下の練習場に降りて行き、更衣室で道着に着替えた。その時、竹刀ケースの中で袋に包まれている定国を触った。定国から、力が伝わって来た。

「今日も頑張ってくるからな」と心の中で言った。

 竹刀と防具を持って、練習場に向かった。

 西森はもう来ていた。

「待たせましたね」と言うと、「いや、今来たところです」と応えた。

「最初の二本を試合形式で行い、後は練習ということでいいですか」と西森が訊いた。

「私は構わないですよ」と答えた。

 すると、西森は練習場の隅にいた者を手招きした。

「主審をやってもらいたい」と西森は彼に言った。

「はい」と彼が言うと、僕らは左右に分かれた。

 僕はコートの外で防具を着けた。手ぬぐいを頭に巻いて、面をつけた。

 竹刀を脇に持ち、コートの端に立った。

 西森も向こう側に立った。横を見ると、ビデオカメラを回している者がいた。僕らの試合の様子を撮るためだろう。

 前を向いて、二歩前進して礼をした。それから開始線まで進んで、蹲踞の姿勢を取り、脇に挟んでいた竹刀を互いに向け合った。

 主審の「始め」の声が上がった。

 僕らは立ち上がった。

 西森は打ち込んで来なかった。僕が打ち込んで来るのを待っていた。なら、行くだけだった。

 僕は竹刀を振り上げ、打ち下ろした。西森はその竹刀を弾こうとした。普通なら、弾けたはずだった。しかし、竹刀を弾かれたのは、西森の方だった。小手がガラ空きになった。僕は小手を打った。

 主審は僕の小手を採った。

 僕が勝った。

 礼をして、コートの外に出た。

 息を整えてから、再びコートの外に立った。向こう側には、西森も立っていた。

 さっきと同じように二歩ほど進んで礼をし、さらに開始線まで進んだ。そこで、蹲踞して竹刀を向け合った。

 主審が「始め」と言った。

 僕らは立ち上がった。

 今度は、西森が打ち込んで来た。その竹刀を弾くと、僕は小手を打たずに面を叩いた。

 主審の「面」と言う声がした。

 試合開始から、ほんの数秒のことだった。

 僕らは互いに礼をして、コート外に出た。

 西森が主審役の者に何かを言って返した後、僕の元に寄ってきた。

「済みませんが、練習相手になってくれませんか」と言った。

「いいですよ。でも、その後にラウンジに付き合ってください」と言った。

「いいですよ」と西森は答えた。そして「お気付きでしょうが、今日の様子はビデオカメラに撮らせてもらっています」と言った。

「知っていました。構いませんよ」と僕は言った。

 

 それから三十分、打ち込みの練習をした。もちろん西森が打ち込んで来た。僕はそれを弾くだけだった。三十分間、ひっきりなしに西森は打ち込んで来た。だが、僕はそれを軽くはねのけた。

 面を通しても西森がひどく汗をかいているのが、分かった。しかし、僕は汗一つかくことは無かった。

 終わって着替えると、十階のラウンジに上がっていった。

 西森は自販機で、スポーツドリンクを二本買って、一本を僕に渡した。

 僕は西森の厚意を受け取った。

「あの無反動には、本当に手こずりますね」と西森が言った。

「…………」

「噂には聞いていたんですよ。でも、そんな馬鹿な、と思っていました。そして前回、前々回と対戦してみて、それが嘘ではなかったことがわかりました。だが、こうして一緒に練習するようになって、わたしなりに対策はとってきたつもりでした。しかし、どれも駄目でした」

「そうですか。駄目でしたか」

「何か秘密の練習方法でもあるんですか。教えてもらえませんか」

「そんなものはありませんよ。仮にあったとしたら、教えるわけにはいきません」と僕は言った。

「そりゃ、そうですよね。ところで、都大会には出られるんでしょう」と訊いた。

「いいえ、出るつもりはありませんけれど」と答えた。

「それは惜しいですね、その腕がありながら」と西森は言った。

「変なことを言いますね。私が出れば、あなたの有力な対抗馬になりますよ。去年、優勝されているでしょう。今年は連覇がかかっているというのに」と僕は言った。

「だからですよ。あなたに勝ってこその優勝の意味があるというものです。ぜひ、出てくださいよ」と言った。

 僕は笑った。

 これからが本題だった。

「捜査に進展はありましたか」と訊いた。

「あの絞殺事件のことを言っていますか」

「そうです」

「いいえ、今のところ、これといった進展はありません」と答えた。

「この前、あの二つの事件は、連続事件なのか、単独事件なのか分からないと言ってましたよね」

「ええ、そう言いました」

「あの二つの事件は、連続事件だと知っていて言いましたね」と僕は言った。

「何を根拠にそう言うんですか」と西森は気色ばんだ。

「首に巻かれた、ほぼ一センチ幅のロープ痕ですよ。両方とも同じじゃあ、ないですか」と僕は言った。

「それ、どこからの情報ですか」と西森が訊いた。

「情報源は明かせません。しかし、そうなんですね」と僕は言った。

 西森は椅子に深く座って、「帳場の看板を見れば、わかりますよ。連続絞殺事件と書き換えられています。でも、ロープ痕については、マスコミにも流していない情報なんですけれどね」と言った。

蛇の道は蛇、というじゃないですか。私にもいろいろな情報源はあるんですよ」と言った。

「そうですか」

「あなたには、別の情報を渡そうと思っています」と言った。そして、鞄の中からファイルを取り出し、二枚のプリントアウトした自転車の拡大写真を見せた。

 西森が身を乗り出してきた。

「これは何ですか」と西森が訊いた。

「どちらも事件があった日の被害者が通過したコンビニの監視カメラに写っていた映像を拡大したものです。犯人の顔は映っていませんが、自転車が映っていたんです。このあと、自転車は別方向に向かって行くんですが、犯人が犯行現場に先回りしたとも考えられるんですよ」と言った。

 西森は二枚の拡大写真を見た。

「ひどく不鮮明ですね」

「ええ、うちの技術ではそれが限界です」と言った。

「で、これをどうしろと」と西森は言った。

「その自転車のマークを見てください。不鮮明ですが、同じでしょ。監視カメラの映像の元データはそちらにあると思うので、この映像を科捜研に回して、自転車のマークを特定してもらいたいんですよ」と言った。

「それをわたしにやれと」と西森は言った。

「ええ、私には権限がありませんから」と言った。

「次に会う時までに調べておきましょう」と西森は言った。それを聞いて、僕はもう一歩踏み込もうと思った。

「それともう一つ情報があります」

「何ですか」

「一昨年に起きた北府中市の女性連続絞殺事件です。今回の事件とよく似ていますよ」と言った。

「それも調べろと」と西森は言った。

「ええ、後悔はさせません」と僕は断言した。

「わかりました。どちらも次の月曜日までに調べておくことにします」と言った。

「そうしていただくと助かります」と僕は言った。

 話は終わった。

 僕は西森と別れて、歩いて自宅まで帰った。