小説「僕が、剣道ですか? 5」

十三
 朝餉は風車がいると楽しかった。まだ、昨日の火事の話をしていた。
 おひつがすぐに空になった。おかわりをもらって、風車だけでなく、きくもききょうもよく食べた。僕もつられるように三杯目のおかわりをした。
 朝餉が済んで一休みすると、宿を後にした。
 山道になった。すっかりと人通りがなくなると、向こうに侍の一群が待っていた。
「休ませてはくれないのか」と僕が独り言を言うと、風車は「そのようでござるな」と言った。
 相手は三十人ほどだった。
「三十人か。仕方あるまい」と僕が言うと、「三十人相手でも平気ですか」と風車が訊いた。
「平気ではありませんが、相手がその数で来るのなら迎え撃つしかないじゃないですか」と答えた。
「それもそうですね」
「きくとききょうをお願いします。私はこれから打って出ます」と言った。
「任せておいてください」
 風車の声を背中に聞くと、僕は相手に向かって走り出していた。相手は僕が向かってきたので、刀を抜いた。その集団の中に僕は飛び込んでいった。相手の刀の届く距離にまできたら、時を止めた。そして、がら空きの腹を切り裂いていった。相手は腹を切られることがよほど伝わっていたらしくて、鎧のようなものを腹につけていたが、定国にとってはそれはないのも同然だった。まるでバターを切るように軽い力で、鎧ごと腹を切り裂いていった。最初の一団を切ると、時を動かして、次の一団に襲ってこさせた。そして、刀を向けてきたところで、時を止めた。この方がこちらが向かって行くよりも相手の方から来るので、切るのが楽だったのだ。
 三十人という数は多くても、時を止められる僕の敵ではなかった。彼らの一群を通り過ぎたところで時を動かすと、彼らは次々と倒れていった。
 風車には、ただ僕が一群を通り過ぎる時に切り倒していったように見えたことだろう。
 途中で時を動かしていたので、僕は返り血を結構浴びていた。
 風車がきくとききょうと一緒に来ると、「この前もそうでしたが、この目で見なければ、この数を一瞬にして倒したなんてことは信じられませんでした」と言った。
「それにしても凄い。凄いと言うより、凄まじい」
 きくは慣れているようで「どこかで血を洗い流さないと」と言った。
「そうだな」と僕は応えた。血をそのままにしておくとこびり付いてくる。そうなると、落とすのが大変になる。血が固まらないうちに洗い流したかった。
 風車が街道の先を見に行って、「こっちに沢がありますよ」と言った。
 風車の言うところに行くと、少し山を上がったところに沢があるようだった。
 その時、定国が唸り出した。この上に敵がいるということだった。
「風車殿、ここできくとききょうを頼みます。この上に忍びの者がいるようなので」と言った。
「そうなんですか」
「ええ、確かです。気で感じるんです」と僕は嘘を言った。
「そうですか。それなら、任せておいてください」
 風車がそう言うと、僕はもう山に向かって登っていた。少し登ると相手が見えた。忍びの者たちだった。木の上に八人ほどいた。手裏剣を投げようとしていた。動かれると面倒なので、時を止めて、木を登り手裏剣を投げようとしていた八人の腹を次々と刺していった。勝負は一瞬のうちについた。
 僕が時を動かすと、木の上の忍びの者は下に落ちた。最後に斬った者の着物で定国の血を拭うと鞘に収めた。
 山から出て来ると、僕の躰にはいっぱい木の葉がついていた。
「風車殿、ありがとうございました」と言って、着替え用の着物を台車の荷物の中から取り出すと、僕はまた山に入り、沢で頭を洗った。そして、着物を脱いで着替えると、着ていた着物を洗った。
 それから沢の水を手で掬って飲むと、沢を離れて、山から下りた。
 僕は荷物の中からタオルを出すと濡れていた頭を拭いた。
 そして、洗った着物を台車に広げて置き、乾かすようにした。
 風車が寄ってきて、「今度は何人、倒したんです」と訊いた。僕は「八人です」と答えた。
「この短時間に三十八人ですか。とても信じられない」と風車は言った。
「だから、私たちについてくると大変だと忠告したでしょう」と僕が言うと、「いやぁ、こんなに気持ちよく人が斬られていくのを見るのは爽快ですよ」と言った。
「そうですか」
「鏡殿と旅をしていると退屈ということがありません」と風車が言った。
「私は退屈な方がいいのですがね」と答えるしかなかった。

 次の宿場では昼餉をとることにした。
 食事処に入り、定食を頼んだ。
 三十八人もの人を斬ったので、僕は沢山食べた。風車に負けないほどだった。
 食事を終えると、きくは哺乳瓶に白湯をもらい、代金を払って店を出た。
 途中の峠のところに浪人風の男たちが七人ほどいた。通行料でもせしめているのだろう。
 しかし、僕らはそのまま通り過ぎていった。しかし、後ろから来た者には、彼らは声をかけた。
 僕が顔を上げると、風車も僕の顔を見たので、きくとききょうを残して僕らはとって返した。
 子ども連れの男女の商人が、通行料を取られようとしていた。
 僕らを見ると、「な、何だよ」と彼らの一人が言った。
「ここは天下の往来だ。通行料を取るとは、けしからん」と風車が言った。
「さぁ、行きなさい」と僕は子ども連れの男女の商人に言って、先に行かせた。
「邪魔をするな」と頭らしき者が言った。
「理不尽なことは見逃せないんだよ」と風車が言った。
「これは商売だ」と彼らの誰かが言った。
「だったらその商売ができないにしてやろう」と僕が言った。
「何だと」と彼らの誰かが言った。
 僕はゆっくりと定国を抜いた。
「やると言うのか」と誰かが言った。
「ああ」と僕は応えた。
 彼らは刀を抜いて身構えた。
 僕は彼らの中に飛び込んでいき、峰打ちで、彼らの右腕を次々と折っていった。
 彼らは一太刀も僕に浴びせることはできなかった。
「これに懲りたら、こんなことは止めるんだな」と僕は言って、定国を鞘に収めた。
 あっという間のことだったので、風車も見ているしかなかった。
「拙者も加わりたかったでござる」と不平を言った。
「申し訳ありませんでした。風車殿に任せておけば良かった」
「そうですよ」
 僕らがきくとききょうのところに戻って行くと、さっきの商人が待っていて、「ありがとうございました」と頭を下げた。
「なんのこれしき」と何もしなかった風車が応えた。
 彼らが去って行くと、風車が今の顛末をきくに話して聞かせた。
 一通り、話し終えた後で「拙者に任せてほしかったなぁ」とまたも愚痴を言った。
 確かに風車に丁度いい相手だったかも知れなかった。
「申し訳ありませんでした」と僕は言うよりなかった。
「お怪我がなくて良かったです」ときくは僕に言った。