小説「僕が、剣道ですか? 3」

三十六

 工場を覗くと、屈強な男たちが少なくとも三十人以上いた。竜崎雄一は、工場の奥にいるか、事務所の中にいるのだろう。

 とにかく姿は見えなかった。

 僕は見える範囲の男たちの腕でも足でもいいから、クロスボウで矢を放った。十人は命中したが、こちらの攻撃に気付いた他の者は物陰に隠れた。

 こちらの位置も気付かれた。

 僕は、一階の作業室に戻って、廊下に出て、反対側の窓を開け、工場の後ろに出た。そして、工場の後ろを回って、さっきクロスボウを撃った反対側に出た。こちら側に来ると、物陰に隠れている者が八人ほど見えた。クロスボウでそいつらを撃った。できる限り足を狙ったが、それができない者には頭以外ならどこでもいいと思って撃った。

 八人に命中した。

 その時、門の方から威勢のいい声が聞こえるので、見ると応援部隊が来ていた。数える気にならないほど多かった。多分五十人以上はいただろう。

 僕は彼らに向かって、クロスボウを次々に撃っていた。矢は面白いように刺さっていった。十五人には命中したはずだ。次の矢を取ろうとしたら、なくなっていた。

 僕は時間を止めて、工場の前を突っ切って、隣のビルに入ると、五階まで上がっていき、屋上のドアの横に置いてきた、クロスボウを五台と、掴めるだけ掴んだ矢を手に取って、一階の作業室に戻った。ここで時間を動かした。

 作業室から門が見渡せるので、クロスボウを撃てるだけ撃った。相手は門から入ってくるしかないので、門から入ろうとした者は、皆、クロスボウの矢の餌食になった。十五人には矢は刺さったことだろう。

 さすがに相手は門の陰に隠れた。

 ここで時間を止めた。僕はクロスボウと矢を置き、門のところまで走った。相手は金属バットやナイフなどの武器を各自持っていた。門の陰に隠れていた者は五十五人だった。彼らを自分のズボンのベルトで後ろ手に縛ると、その右足を折っていった。それから、五十五人の口はガムテープで塞いだ。ガムテープを二本使い切り、三本目に入った。これなら、もっとガムテープを用意しとけば良かったと後悔した。

 ここで時間を動かした。さすがに疲労感は大きかった。二つめのチョコレートを食べると、三つめ、四つめも食べた。チョコレートは多めに買っておいて良かったと思った。

 ペットボトルのスポーツドリンクも二本目を飲みきり、三本目に入った。飲み終わったペットボトルは潰して、ショルダーバッグの中に入れた。スポーツドリンクはもっと買っておくべきだったと思ったが、ショルダーバッグの中には入りきらなかったから仕方がなかった。それにしても、クロスボウと矢があったので、金串や竹串、催涙スプレーは今のところ出番なしだった。

 そして時間も止めすぎだと思った。今は何とか持っているが、そのうちダウンするかも知れなかった。

 相手に応援団が倒されたことを知らしめる必要があった。

 僕は、門から出て、クロスボウの矢が刺さって動けなくなった者のところに行き、その右足を折っていった。

「竜崎、これが見えるか」と僕は言った。

 そう言いながら、クロスボウの矢に当たって動けない者の右足を次々に折っていった。

 こちらの残忍さも見せつけるためだった。

「今のうちに降参して出てくるんだな。そうしたら、こんな目にはあわない」と言いながら、すぐ足の下にいた奴の右足を折った。

 そうして四十人の足を折った。

 僕はゆっくりと工場に向かって歩いて行った。

 クロスボウは撃たれてこなかった。もし、撃ってきたら撃ち返していただろう。

 僕は工場の右端に、五台のクロスボウと矢を置き、工場の中に入っていった。

 こちらのクロスボウの攻撃で動けなくなっている者を見つけると、容赦なく右足を折っていった。十八人は矢に当たっているはずだが、足を折ったのは七人だけだった。あと十一人は怪我をしている。

 足を折った一人に「竜崎雄一は何処にいる」と訊いた。

 呻きながらも「知らねえよ」と言うから、折れた足をさらに曲げた。

「事務所だよ。事務所にボディーガードと一緒にいる」

「それを早く言ってくれれば、痛い目をしないでも済んだのにな」と僕は言った。

 そいつは僕が言い終わる前に気絶した。

 工場の中を見て回った。相手も移動しているようで、なかなか見つからない。

「おい、鬼ごっこは止めにしようぜ。早く掛かってこいよ」と僕が言った。

 返事がなかったので、走って機械の裏側に回り込んだ。金属バットを持ってしゃがんでいる奴を見つけた。そいつは立ち上がると、金属バットを振り回してきた。足を引っかけて転ばすと、腹にパンチを入れ、右足を折った。その隙に後ろから殴りかかってくる奴がいた。金属パイプの音が工場内に広がった。そいつは、トンデモなくデカかった。工場の奥まで行き、催涙スプレー缶を見つけると、それを取り、金属串五本入りのパックも取り出した。そして、中から一本抜き出した。

 再び、そいつの前に行くと、目に催涙スプレーを浴びせた。そいつは蹲った。すかさず、そいつの太腿に金串を思い切り突き刺した。もう一本取り出して反対の足にも突き刺した。

 工場内を見回った。足にクロスボウの矢が刺さっている奴を見付けると、片っ端から右足を折っていった。十一人全員の足を折り終わると、工場内にはもう誰も立っている奴はいなかった。

 残るは事務所の中だった。

 僕はもう一隅に隠してある金属串五本入りのパックも取り出した。そして、金串だけにした。八本あった。

 そこに隠してあった催涙スプレーも取り出した。

 そして、事務所の扉を開けた。思った通り、クロスボウの矢が雨あられと飛んできた。

 僕はクロスボウの矢が飛んできた方向に正確に撃ち返していった。そして、床を転がりながら、中に入った。

 クロスボウを撃った者三人の腕に矢は刺さっていた。

 周りには、八人ほどの大男が竜崎雄一をガードしていた。僕は両手に催涙スプレーを持つと、机の上に跳び上がり、さらに彼らに近付いて、目をつぶりながら、催涙スプレーのボタンを押した。もちろん、息も止めていた。

 そして、押し終わると、事務所から一旦出た。事務所内は催涙スプレーでもうもうとしていた。ショルダーバッグの中から新しい催涙スプレー缶を取り出すと、両手に持ち、口にハンカチを巻いて、目を閉じ、もう一度事務所内に入った。そして、催涙スプレーのボタンを使い切るまで押した。そして、事務所の外に出た。

 事務所の中は大変なことになっているだろう。

 収まるまでの間、もう一度、工場内を見回った。

 隠れていた奴、三人を見付けた。もちろん、腹を拳で殴り、右足を折った。

 そして、意識のある一人に「竜崎雄一は何処にいる」と訊いた。

 そいつは「竜崎さんなら、ここにはいませんよ」と言った。

「だったら、何処にいる」と訊いた。

「近くのベンツの中だと思います」と言った。

 僕は工場を抜けると、そっと隣のビルの屋上に上がった。そして双眼鏡で周りを見回してみた。

 すると、工場に向かう道の途中にベンツが止まっている。

 後部座席の窓が開いていた。

 そこから双眼鏡でこっちを見ている奴を見付けた。そいつが竜崎雄一に違いなかった。

 一階まで下りて、門に向かって走った。こっちに気付けばベンツは逃げる。

 時間を止めるしかなかった。

 門からベンツまで走った。そして、後部座席の開いている窓から手を入れて、後部座席のドアを開けた。双眼鏡で工場の方を見ている竜崎雄一がいた。

 そいつを引っ張り出して、そいつの躰を調べ携帯を取り出して見た。竜崎雄一だった。念のため、財布も調べた。クレジットカードに竜崎雄一のサインが書かれていた。

 さすがに生徒手帳は持っていなかった。

 ガムテープを取り出し、そいつの口を塞いだ。

 そして、右足を折った。

 それから、旧黒金金属工業まで引き摺っていった。その途中で、時間が動き出した。限界だった。

 竜崎雄一が動こうとしたので、いやというほど腹に拳を叩き込んだ。竜崎雄一は気絶した。

 そのまま工場内に連れ込んだ。そして、ガムテープで後ろ手に縛った。

 鎖のようなもので躰を縛り、吊り上げた。

 そうしている内に事務所内の催涙ガスも落ち着いてきた頃だろうと思って、息を止めて、中に入り、目を押さえている八人の大男の太腿に、一人ずつ、深く金串を刺していった。

 そこで一旦外に出て空気を吸った。

 そして、もう一度中に入ると、替え玉の竜崎雄一の顔面を殴り気絶させると、外に連れ出した。そいつのズボンのベルトで後ろ手に縛ると、そいつの右足を折った。それでそいつは、気絶から覚めた。

 鎖に繋がれて、吊るされている竜崎雄一をそいつに見せた。

 そいつは「竜崎さん」と言った。

「あそこに吊るされているのは、竜崎雄一か」と僕が訊いた。

 そいつは僕の顔を見ると、「鏡京介」と言った。

「俺の名前は覚えているんだな」と僕は言った。

 そいつは下を向いた。

「あいつが竜崎雄一なんだな」と訊くと、そいつは黙った。

「左足も折らないと駄目か」と言って、左足を折る真似をした。すると慌てて「そうだよ、彼が竜崎さんだよ」と言った。

 僕は事務所に入っていき、足に金串を刺されている奴の右足を折っていった。

 それが済むと、そこら辺に転がっている金属バットを持って、吊るされている竜崎雄一のところに行った。そして、金属バットで顔を殴って、気絶から目を覚まさせた。

「遠くから見物してんじゃねえよ」と僕は言いながら、竜崎雄一の右腕を金属バットで折った。

「一人、遠くから指示を出している奴が一番嫌いなんだよ」と言って、僕は竜崎雄一の左腕を金属バットで折った。

「自分が一番つええなんて思うなよ」と言って、奴の左足を金属バットで折った。

 竜崎雄一が四肢の骨を折られて吊るされている写真を、竜崎雄一の携帯で取って、携帯メールに添付して登録されている黒金高校に分類されているメンバーの全員に送った。これで竜崎雄一の面子は潰れるだろう。そして、僕に手を出してくる者はいなくなるに違いない。

 僕も携帯を出して、竜崎雄一の携帯メールに登録されているメールアドレスは黒金高校のメンバーだけでなく、すべてのメールアドレスを携帯で写した。

 もちろん、竜崎雄一の姿も顔も携帯で撮った。

 倒した奴は竜崎雄一も入れて、二百二十人にものぼった。

 もちろん、全員の顔写真や生徒手帳、身元の分かる者はすべて携帯で撮った。

 それから、隠しておいて使わなかった武器はすべて回収した。回収する時、携帯で写した写真と照合したので、回収し忘れはないはずだった。もちろん、使った催涙スプレー缶とか金串なども回収した。

 回収した催涙スプレー缶などは、ショルダーバッグの中には、入りきらなかったので、オーバーコートを脱いで、袖を縛りその中に入れた。

 家に帰り着いたのは、午後六時過ぎだった。外は全くの夜だった。