小説「僕が、剣道ですか? 3」

三十五

 一月六日、土曜日。

 午前七時に目が覚めた。

 明日は、いよいよ黒金高校と一戦を交えることになる。緊張感はなかった。

 朝食をとった後、自分の部屋に籠って、明日のプランをいろいろと練った。しかし、いくら考えてみても、実際に戦ってみなければ分からなかった。

 午前十時になると、近くのスーパーに行って、スポーツドリンクを四本にチョコレートを十箱も買った。これは長期戦に備えるためだった。

 それからドラッグストアに行って、何種類かの絆創膏と伸縮性のある包帯も買った。

 家に帰って、明日の準備をした。催涙スプレーは二ダース買ったから、もう一ダース残っている。それをショルダーバッグに詰めた。スポーツドリンクもショルダーバッグに詰め、警棒も入れると、ショルダーバッグはパンパンになった。

 何種類かの絆創膏は、箱から出して、革ジャンの内ポケットにしまった。

 伸縮性のある包帯もケースから取り出し、革ジャンの右の内ポケットに押しつぶすようにして入れた。

 チョコレートはリバーシブルのオーバーコートの下側に付いているジッパー式の大きめの両側のポケットに入れることにした。リバーシブルになっているので、普段内側にしている方のポケットに五箱ずつ分けて入れた。その外側にも手が入りやすいように斜めになっているポケットが付いていた。オーバーコートの普段内側にしているポケットもいっぱいになった。

 後はいつも通りに、チェーンが太いもの二本は革ジャンの両方の内ポケットに入れ、細いもの二本は、ジーパンの両方のポケットに近い部分のベルト通しに留め具で付けて、ポケットに入れた。折たたみ式のナイフは革ジャンの左の内ポケットに入っている。

 ナックルダスターは革ジャンの外の両方のポケットに一個ずつ入れている。

 布製のガムテープはオーバーコートの外側になっているジッパー付きのポケットに右に二つ、左に1つ入れた。

 双眼鏡はオーバーコートの左の外側になっているジッパー付きのポケットに入れた。これで、オーバーコートの外ポケットもいっぱいになった。

 後は安全靴を履くだけだ。

 午後三時頃に、ショルダーバッグを置いて、旧黒金金属工業に行った。下見をするフリをした。つけてくる奴には気付いていた。

 門から中に入って、一通り見たという雰囲気を作った。それから外に出て、黒金通りを歩き、新宿駅まで来た。その時には、つけてくる奴はいなくなっていた。

 僕をつけてきた奴は、僕がビル内にも工場内にも入らなかったことを見ていたはずだ。だから、この前、武器を隠していたことを知らない。そこが重要だった。

 場所だけ確認に来たという情報を、竜崎に流してくれればいい。

 

 午後八時に夕食を食べ、その後、きくとききょうとで風呂に入り、きくが乳をききょうに飲ませている間に、もう一度、旧黒金金属工業の見取り図と隠した武器の位置を確認した。

 それを済ませると午後十時になった。

 ベッドに入るときくが抱きついてきたので、相手をした。午後十一時半頃、シャワーを浴びて眠った。

 

 次の日は、午前八時に起きた。

 今日、決闘があるというのに、我ながらよく眠ったと思った。

 朝食はいつもより多く食べた。パンだけでなく、ご飯も食べた。母はそんなに食べるのという顔をしていた。

 日曜日だから、父はまだ眠っていた。

 寝だめするというのが、父の言い分だった。

 きくはききょうの離乳食を母に教わりながら作っていた。すり潰したご飯に、すりつぶした野菜を加えたものを作った。

 三階からききょうを抱いてきて、きくは離乳食をききょうに食べさせた。

 のどかな時間だった。

 お茶を飲んで、自分の部屋に上がっていった。

 昨日準備した物を再度、入念に確認した。忘れた物はなかった。出かける時に時計と財布と携帯を持てば良いだけにした。

 時計を見ると、まだ午前十時を過ぎたところだった。後、二時間後だった。

 躰の中から、熱いものが湧き出してくる感じだった。

 下に降りていって、きくにコーヒーを入れてくれるように頼んだ。

 きくが入れてくれるコーヒーが無性に飲みたくなったのだ。コーヒーが運ばれてくると、戸棚からカステラを出して、少し多めに切って皿に載せた。きくの分も切って皿に載せた。

 きくにお茶を飲むように勧めて、カステラの載った皿をきくに差し出した。

「これはなんですか」と訊くので「カステラだよ」と答えた。

 コーヒーを飲み、カステラを食べた。

 カステラを食べたきくは「美味しいです」と言った。

「そうか、それは良かった」

 少しリビングのソファでくつろいだ後、トイレに行った。戦闘中にトイレには行きたくなかったからだ。

 とにかく、大きい方は踏ん張って出した。

 トイレを出たら、午前十一時だった。

 用意した物の最終チェックをした。携帯のメモを呼び出して、確認していった。

 それが終わると、綿の肌着の上に長袖のシャツに薄手の黒いセーターを着た。ジーパンを穿き、武器をいっぱい仕込んだ革ジャンを着た。時計をして、財布と携帯をジーパンの尻の両方のポケットに分けて入れた。印刷した旧黒金金属工業の見取り図も財布を入れた尻ポケットにしまった。

 それからこれもチョコレートやガムテープなどを仕込んであるリバーシブルのオーバーコートを着た。

 最後に安全靴を履いた。

 時計を見ると、午前十一時半だった。これから歩いて行けば、旧黒金金属工業に正午には間に合う。

 きくが玄関に出て来た。

「行ってくるよ」ときくに言った。

「いってらっしゃいませ」ときくが言った。

 玄関を出た。

 

 旧黒金金属工業に着いたのは、正午五分前だった。歩きながら、ナックルダスターを取り出して、手に嵌め、その上から皮手袋をした。

 黒金町に入ってから、つけてくる奴が二人いた。

 門の前に立つといきなり、クロスボウの矢が襲ってきた。門の陰に隠れて、双眼鏡で見ると、五階建てのビルの上に三人ほど、クロスボウを構えている奴がいた。

 ここから五階建てのビルまでは二十メートルほどある。相手に気付かれないように屋上に上がることが必要だった。

 いきなり使いたくはなかったが、時間を止めた。

 五階建てのビルまで走り、外階段の上り口のチェーンを跨いで階段を一気に三階まで上がっていった。三階のドアノブを回したが、開かないので、また、窓から三階の一室に侵入した。そこには、二人いた。

 ガムテープを出して、二人の口を塞ぐと、時間を止めるのをやめた。まるで四百メートル走を走り終えたばかりの気分だった。二人の腹をナックルダスターを付けた拳で殴って、床に転がした。

 床に転がした奴の両手は、後ろ手にガムテープで縛って、二人ともその右足の膝から下の骨を足で踏みつけて折った。二人は呻いたが、ガムテープで口を塞がれているから、その声は外に聞こえなかった。

 ここに二人いるということは、各階の各部屋に複数の敵がいると思った方がいいということだった。三階には、六つ部屋があった。ここから攻めていくよりも屋上の三人を何とかした方がいいと思った。

 部屋のドアを開け、外をうかがった。人がいた。少なくとも二人は見えた。仕方なく、時間を止めた。そして、廊下に出ると三人がいた。彼らの口にガムテープを貼ると、両腕を後ろに回し、彼らのズボンのベルトを外して後ろ手に縛った。そして、三人の右足の膝から下の骨を足で踏んで折った。

 内階段に向かった。そこにも見張りが五人ほどいた。五人はそれぞれの階に一人いたから、まず近くの奴の口にガムテープを貼ると、両腕を後ろに回し、そいつのズボンのベルトを外して後ろ手に縛り、右足の膝から下の骨を足で踏んで折った。そいつは三階の廊下に引きずり込んだ。

 下の者は無視して、上の階の奴も同じようにやっつけた。その階の廊下にも見張りが三人いた。彼らも同じように口にガムテープを貼り、そいつらのズボンのベルトを外して後ろ手に縛り、それぞれの右足の膝から下の骨を足で踏んで折った。

 そして五階の階段にいた奴も同じようにやっつけた。そして、五階の廊下の三人の見張りも同様だった。

 ここで時間を止めるのをやめた。今度は八百メートル走をした直後の感じだった。壁に躰を押しつけ、ずるずると床に座った。喉が渇いたので、ショルダーバッグの中からペットボトルを取り出して、スポーツドリンクを一本取り出し、キャップを捻って中身を飲んだ。三分の一ほど飲むと、キャップを閉めて、ショルダーバッグの中にしまった。

 五階から屋上への階段を上った。ドアノブを開けて、様子をうかがった。三人が見えた。

 クロスボウを持って、うろうろしている。

 時間を止めた。

 屋上に出た。五人がいた。五人ともすぐにガムテープで口を塞いだ。そして、ナックルダスターを嵌めた拳で腹を殴り転がした。五人ともクロスボウと矢を取り上げると、ズボンのベルトを外して後ろ手に縛り、それぞれの右足の膝から下の骨を足で踏んで折った。そこで、時間を止めることを解除した。

 クロスボウ五台と沢山の矢が手に入った。

 屋上から下を見ると、門のところに五人、ビルから門までの間に十二人がいた。

 僕が急にいなくなったので、捜しているのだ。

 僕はクロスボウを装着すると、ビルの近くにいた者から、次々と足を狙って撃った。放った矢は面白いように命中した。五人倒れた。それから門にいた者五人もクロスボウで、足を狙って倒した。後の七人は隠れようとして逃げ惑ったが、クロスボウの餌食になって、足に矢が刺さった。屋上から狙っているので、かなり角度が付いている。だから、斜めに深く刺さっていることだろう。

 倒れたものはもがき苦しんでいた。

 クロスボウで狙い撃ちされたのだから、僕が屋上にいることは分かっただろう。

 僕は、クロスボウを五台掴み、矢を掴めるだけ掴むと、屋上のドアから中に入った。ドアの横にクロスボウを五台と、掴めるだけ掴んだ矢を置いた。

 五階の部屋にいた奴らが、屋上に上がろうとしていた。その先頭を上ってきた者の胸のあたりを階段の手すりを掴み、強く蹴った。そいつのあばら骨は折れたか、ひびが入ったことだろう。そいつが倒れると、将棋倒しに上ってきた者が倒れていった。僕はそいつらの腹にナックルダスターを嵌めた拳を叩き込むと、右足を折っていった。彼らは金属棒や金属バット、ナイフを持っていたが関係なかった。ここで七人を倒した。

 五階に下り、廊下には七人いた。それぞれ武器を持っていたが、それらをかわし、次々にナックルダスターを嵌めた拳でその腹を叩き、僕の右足で相手の右足を折っていった。

 また階段に戻り、下から上がってきた者の先頭の奴の胸を蹴った。そいつもあばら骨が折れたか、ひびが入ったに違いない。後ろに倒れていた六人も武器を持っていたが使う暇を与えなかった。倒れたすべての奴に、ナックルダスターを嵌めた拳を腹に叩き込み、右足を折った。

 五階に上がり、一つ一つ部屋を調べていった。隠れている奴も引きずり出し、拳を腹に叩き込み、右足を折っていった。六人やっつけた。

 階段に戻ると、また上がってくる奴らがいた。先頭の奴の胸を蹴って、後ろに倒れていった七人は、ナックルダスターを嵌めた拳で腹を叩き、右足を折っていった。

 五階は制覇したので、四階に下りていった。その時、また下から上がってくる奴がいたので、その先頭の奴の胸を蹴って、後ろに倒れていった五人の腹をナックルダスターを嵌めた拳で殴り、右足を折った。四階の廊下には誰もいなかった。しかし、四階の各部屋を確認すると、隠れている奴がいた。隠れている奴は引きずり出し、拳を腹に叩き込み、右足を折った。四人やっつけた。

 四階も制覇したので、三階に下りていった。その時、またも階段を上がってくる奴がいたので、その先頭の奴の胸を蹴って、後ろに倒れていった七人の腹を拳で殴り、右足を折った。

 三階の廊下には、後ろ手にベルトで縛られた奴らが三人転がっているだけだった。

 三階の各部屋も調べた。最初に入った部屋に転がっている二人以外はいなかった。

 三階も制覇した。

 さすがにもう階段を上がってくる奴はいなかった。

 二階に下りた。廊下には、三人いた。金属バットを持っていた。ショルダーバッグの中から警棒を取り出し、振って長くした。それで三人の金属バットをかわして、腹に拳を叩き込んだ。その後、右足を折った。

 二階の部屋には五人隠れていた。そいつらも引きずり出して、腹に拳を叩き込み、右足を折った。

 二階も制覇した。

 いよいよ一階だった。二階の踊り場でショルダーバッグの中からペットボトルを出して、口を開けたスポーツドリンクの残りを全部飲んだ。ペットボトルは捨てずにショルダーバッグの中にしまった。

 証拠品を残して行かないためだった。旧黒金金属工業の下見の時に仕込んだ武器も使わなければ、回収するつもりだった。

 一階に下り、作業室のドアを開けると、クロスボウの矢が襲ってきた。ドアを閉めた。

 また時間を止めた。そしてドアを開けた。三人がクロスボウを構えていた。そいつらの口にガムテープを貼り、ズボンのベルトで後ろ手に縛った。そして腹を殴り、右足を折った。そこで時間を止めるのを解除した。後、二人いた。一人は机に片手を突き、足で顔を蹴った。顎のあたりにヒットした。もう一人は、そのまま近寄り、金属バットで殴りかかってくるのをかわして、腹に拳を叩き込み、崩れ落ちたところで右足を折った。

 クロスボウと矢を回収して、窓から車庫の方を見た。人はいなかった。

 今度は門の方が見える窓に行き、外を見た。

 クロスボウが当たって、倒れている奴らが十人見えた。七人はどこかに隠れているのだろう。

 クロスボウと矢を持って、車庫の方のドアを開けて、外に出た。

 車庫の入口に行って外を見たが、クロスボウが当たって倒れている十人以外は見えなかった。

 オーバーコートの内ポケットからチョコレートを出して、一箱食べた。そして、二本目のペットボトルの口を開けて半分ほど飲んだ。

 ペットボトルをショルダーバッグの中にしまうと、次は工場だった。