小説「僕が、警察官ですか? 5」

 村瀬が大家を連れて来た。

「大家の渡辺です、山村さんなら交通事故に遭われて、亡くなられましたよ」と言った。

「それはいつですか」と僕は訊いた。

「一年ほど前です」

「そうですか」

「部屋の荷物は、ご家族が持って行かれましたよ」と大家は言った。

「ありがとうございました」と僕は言った。

「犯人は亡くなっていたのか」と僕が言うと、「で、これからどうするんですか」と村瀬が訊いた。

「取りあえず、お昼にしよう」と言った。

 もう午後一時近かった。

「えー」と村瀬は言ったが、僕を乗せて近くの牛丼屋の前に車を止めた。

「課長は食べないんですか」と訊くので、鞄から愛妻弁当を取り出して見せた。

「わかりました。一人で食べてきます」と村瀬は言った。

 村瀬がいなくなったので、愛妻弁当の蓋を開けてハートマークを見ながら、弁当を食べた。

 

 村瀬が戻ってきて、「これからどうしますか」と訊いた。

「山村良一の実家に行ってみよう」と答えた。

「どうしてですか」

「山村良一が本当に犯人だったのか、確定しなければならないだろう。山村良一の実家には山村良一の指紋のついた物が沢山あるはずだ。それを借りてきて、鑑識に回す」

「なるほど」

 

 途中で管轄の警察署に寄った。山村良一の交通事故について調べるためだった。

 所轄の調書では、バイクに乗っていた山村の飲酒運転とスピードオーバーが原因だった。センターラインを越えて、ダンプカーと正面衝突していた。ほぼ即死だった。

 ダンプカーの運転手によれば、「それまで、ふらついている風でもなかったのに、急にセンターラインを越えて、ダンプカーに飛び込んできた。まるで、自殺でもするかのようだった」と言う話が載っていた。

 所轄署を出ると、僕らは山村良一の実家に向かった。

 

 山村良一の実家には四十分ほどで着いた。

 玄関のブザーを押すと、山村良一の母親が出て来た。

 父親は勤めに行っていると言う。

 僕らは警察手帳を見せて、家に上がらせてもらった。

 山村良一の位牌を前に焼香を済ませると、母親は「どのようなご用でしょうか」と訊いた。

「良一さんの遺品をお預かりしたいのです」と僕が言った。

「何のためですか」と母親は訊いた。

「捜査のためです」と僕は答えた。

「良一は亡くなっているんですよ」と母親は言った。

「ええ、分かっています。少し関連のある捜査をしているので、ぜひ、預からせてください」と僕は言った。

「そうですか。ちょっと待っていてください」と母親は奥の部屋に行った。

 しばらくすると、いくつかの女性を象ったフィギュアを持ってきた。その中に高田真紀子に似ている物があった。

「これを作るのが小さい頃から好きでね。大きくなっても、それは変わらなかったわ」と言った。

 フィギュアは村瀬がビニール袋の中に入れた。

「どうも、ありがとうございました。これらはすぐお返ししますので、しばらくの間、お借りします」と僕が言った。

 

 山村良一の実家を出ると、西新宿署に戻ってきた。山村良一の実家から借りてきたフィギュアはすぐに鑑識に回された。

 その中に、ナイフの指紋と一致するものがあれば、山村良一が犯人だということが確定する。

 未解決事件捜査課に戻って、村瀬は席に着くと、「犯人はわかったんだけれどな」と言った。

「えっ、もう犯人がわかったの」と横井が言った。

「ああ、でも、せっかく犯人だとわかっても死亡していたんじゃねぇ」と村瀬は言った。

「被疑者死亡なのか」と横井が言った。

「そうなんだよ」と村瀬が言った。

「まぁ、そういうこともあるさ」と横井が言った。

 

 退署時間になったので、僕は未解決事件捜査課を出た。

 家に帰ると、きくと京二郎が出迎えてくれた。

 京二郎は首を擽られると声を出して笑った。

 

 僕は京二郎と風呂に入った。

 京二郎の頭と躰をシャワーで洗うと、脱衣所で待っていたきくに渡した。

 そして、僕は風呂から出るとビールを飲んだ。

「子どもたちはプリントか」ときくに訊くと、「いいえ、プリントはもう終わりました。今は自分たちで勉強しています」と言った。

「ききょうは塾に行きたいとは言わないのか」と僕はきくに訊いた。

「今度の学力試験の結果を見て決めるそうです。悪いようなら、塾に通うのも一つの方法かも知れないと言っていました」と答えた。

「そうか。医者になるのも大変だな」と僕は言った。

 

 次の日、未解決事件捜査課に行くと、鑑識の結果がもう出ていた。

 やはり、高田真紀子を刺殺したのは、山村良一だった。フィギュアには複数の指紋がついていたが、最も多く出た指紋が高田真紀子を刺殺したナイフについていた指紋と一致したからだった。

「これで未解決事件は一つ解決しましたね」と村瀬は言った。

「そうだな。あとは、フィギュアを返しに行くのと、高田真紀子さんのご遺族に結果を報告しなければならない」と僕は言った。

 高田真紀子の実家の住所は、事件ファイルに書かれていた。

 

「さぁ、行くぞ、村瀬」と僕は言った。

「わたしも行くんですか」と村瀬は言った。

「お前の山だからな。決着は自分でつけろ」と僕は言った。

 

 山村良一の実家にフィギュアを返す時も焼香をした。

 やはり、母親しかいなかった。山村がどのような犯罪を犯したのかは、言わなかった。

 

 高田真紀子の実家は埼玉県下福岡市池下二丁目三十四番地五十六にあった。

 車で山村の実家から、一時間ほどの所だった。

 年老いた老夫婦が出てきた。高田真紀子は、早くに両親を亡くしていて、祖父母に育てられていたのだ。

 警察手帳を見せて、家に上がらせてもらった。

 高田真紀子の位牌のある仏壇に焼香をして、今日訪ねてきた訳を僕が話した。

「犯人がわかったんですか」と真紀子の祖父が訊いた。

「はい。山村良一という男です」と答えた。彼がどのような男だったかは簡単に説明した。

「それで犯人は捕まったんですか」と真紀子の祖母が訊いた。

「いいえ。犯人はもう亡くなっていました」と僕は答えた。

「どういうことですか」と真紀子の祖父は訊いた。

「交通事故に遭っていたんです」と僕は、その経緯を説明した。

「そうですか。亡くなっていたんですか」と真紀子の祖父は言った。

「ええ。これも天罰ですよ」と僕は言った。

「天罰ですか」と真紀子の祖父は呟いた。

 

 高田真紀子の実家を後にした。

 車の中で村瀬が「やはり、犯人が捕まらないと虚しいですよね」と言った。

「…………」

「あの高田さんの祖父母たちには、やり場がないでしょう」と村瀬は言った。

「そうかも知れないが、何も知らないよりは良かったかも知れないよ。とにかく、憎い犯人がのうのうと生きていると思わずに済むんだから」と僕は言った。

「そうですね。そう考えるよりしょうがないですね」と村瀬は言った。