小説「真理の微笑」

 私の記憶の中で消し去る事のできないもの。

 人を殺す!

 そう、最初に鏡の中の〈自分〉を見た時、それが〈自分〉である事さえも分からなかった。次に見た時、殺した相手だ……と思った。思った、というのは曖昧な表現ではあるが、厳然たる現実でもあった。拭い去る事は永遠にできはしなかった。

 殺人。言葉にすれば簡単な事だが、それは日常の中に引かれた目に見えない境界線の一方からもう一方へ飛び移るようなものだ。一度飛び移ってしまえば、再び戻る事は許されない。大体、私が誰かを殺そうとするなんて事……、そんな事、できるわけがない!

 そう思っても、私の記憶の断片は〈それをやってしまった〉と告げている。最初に鏡を見た時の恐怖はそのまま心に留まっている。いや、もっと増幅しているといった方がいい。

 そうして、それに思いを致した時、それが本物(現実)であれば、私はその過程と理由を思い出さなければならない事にも気づいていた。