2022-11-28から1日間の記事一覧

小説「真理の微笑」

六 私の記憶の中で消し去る事のできないもの。 人を殺す! そう、最初に鏡の中の〈自分〉を見た時、それが〈自分〉である事さえも分からなかった。次に見た時、殺した相手だ……と思った。思った、というのは曖昧な表現ではあるが、厳然たる現実でもあった。拭…

小説「真理の微笑」

五 「手を離さないでよ」 祐一だった。六歳の時だった。 小学生になったら自転車の乗り方を教えてやると言っていた。でも、友達の多くはもう自転車に乗っていた。三輪車をとっくに卒業した彼には、補助輪のついた自転車は、いたく自尊心を傷つけていた事だろ…

小説「真理の微笑」

四 直接陽光が差し込まない時間帯は、カーテンが開かれていて、私は病室の窓から外を眺めていた。右にも左にも向かいにも、さらにその向こうにも建物が見える。ただ、向かいとの間に距離があるので、公園のようなものが下にはあるのだろう。八階のベッド(誰…

小説「真理の微笑」

三 私はどれほど〈妻〉を見ていたのだろう。時間の感覚がなかった。しばらくして誰かが私の視界を塞いだ。瞼を閉じるように言われたのだろうが、私には分からなかった。だから、死体の瞼を閉じるように誰かにそうしてもらい、目を覆う包帯がそれを補った。そ…