三十四
根来兄弟との差が縮まってくるにつれて、定国の唸りが大きくなった。
「頼むぞ、定国」と僕は言った。
根来信一郎の時は、定国に助けられたようなものだった。
二人から、七、八メートルほど離れた所で、僕は止まった。
「鏡京介か」と一人が訊いた。
「そうだ」と答えた。
そして「根来兄弟だな」と言った。
「いかにも」
「どっちが信二郎でどっちが信三郎なのだ」と訊いた。
「わしが信二郎で隣が信三郎だ」と信二郎が言った。
「そうか」
「ここでは戦えないな。場所を移そう」と信二郎が言った。
「どこかあてがあるのか」と訊くと、「この先に寺がある。その境内で戦おう」と信二郎が言った。
「分かった」
まず彼らが歩き出した。僕は十分、間隔をとってから、歩き出し、彼らの後を付いていった。
少しすると、山の中にある寺に向かう階段が見えてきた。その階段を彼らは登っていった。
階段を登り切ると、境内に着いた。
境内に着くと、彼らと距離をとった。
「よくも兄を斬ってくれたな」と信三郎が言った。
「争いの中でのことだ。仕方がなかった」と僕は言った。
「兄が斬られるなどとは今でも信じられない」と信三郎が言った。
「それも兄の得意とする稲妻落としを破ってのことだからな」と言ったのは信二郎の方だった。
「あの技は、稲妻落としというのか」と僕が訊くと「そうだ」と信二郎が答えた。
「今まで誰にも破られたことはなかった。あの柳生にして、兄の剣の前に倒れていったのだ」
「柳生に勝っているのか」
「ああ、一族の中でも最も腕が立つと言われている柳生健志郎にだった」
「なるほど。ということは、その時はあの技は使わなかったのだな」
「あの技」
「そうだ、あの技だ」
「そうとも、あの技は使わなかった。使っていれば、簡単に斬り殺せた」と信二郎が言った。
その時、強い波動が襲ってきた。一瞬だったが、躰が金縛りにあった。だが、僕はそれを解いた。
「なるほど、同じ技が使えるのか」
「そういうことだ」
ほどなく、波動は消えた。僕も技を封じる必要がなくなった。
この時、僕は少し違和感を覚えた。時を止めるときに波動を感じたことがなかったからだ。しかし、僕に向かってきた波動は、確かに僕に向けられていた。これはどうしたことなのだろう。
だが、考えている余裕はなかった。
相手が刀を抜いたからだった。
僕も定国を抜いた。
信二郎が素早く突いてきた。定国でその刀を弾けば、腹を切ることができる。しかし、相手はもう一人いた。定国で信二郎の刀を弾いたら、信三郎が向かってきた。やむなく、脇差を抜いて、その刀を弾くしかなかった。
二人は交互に向かって来た。
僕は防戦する一方だった。
しばらく切り合って、離れた。
相手は二人だった。
僕が疲れるのを待っているのだろう。
僕が休もうとしたら、切り付けてきた。
休む時間を与えないつもりなのだ。
僕は石塔を楯に、相手の刀を防いだ。
長期戦になるのは、承知していた。しかし、このままではじりじりとこちらが不利になるのは、目に見えていた。
今度切りかかっていった時に、時を止めてみることにした。
定国を振り上げて、信二郎の方に向かった。刀を振り下ろす瞬間に時を止めた。すると、一瞬だったが、相手の動きが止まった。それだけで十分だった。定国は相手の腕を浅くではあったが切っていた。
相手はすぐに離れた。僕も時を動かした。
僕が時を止めると、相手の動きが一瞬だけ止まる。それはコンマ何秒の世界だった。しかし、戦いの中では、それは大きな時間だった。
信二郎は信三郎に、切られた腕を布で縛ってもらっていた。
だが、これで無闇に切りかかってくることはできなくなったはずだ。
僕は灯籠の陰で休んだ。
水が飲みたくなったので、水場まで走った。そして、水を飲んだ。
相手は追っては来なかった。
一息ついた。
これからが勝負だった。
しかし、信二郎の利き腕を切ったのは大きかった。相手はなかなか切り付けては来なかった。
ならば、こっちから行くかと思った。
こっちが攻めかかれば、相手は応戦するしかなかった。激しい切合いが続いた。
だが、信二郎が右手を庇っている分、こちらに分があった。少しずつだが、押し込んでいった。その時、強い波動が来た。躰が動かなくなった。相手が切りかかってくることは見えていた。しかし、躰がすぐに反応してくれなかった。
駄目かと思った。その時、定国が動いた。相手の刀を本差と脇差で弾いていた。
僕は躰が思うように動くようになると、すぐに反撃に出た。相手はまだ技を使っていた。僕の動きを少しでも遅くしようとしていたのだ。そうでなければ、僕の激しい剣捌きに追いつけはしなかっただろう。
僕は無理はしなかった。余裕があると思うのは、一瞬でしかないことを知っていたからだ。
僕は相手が技を使っている間は、動かなかった。そして、技を使わなくなったら、飛び出して行き、切り付けた。すると、相手は技を使ってきた。躰が重くなるのでそれが分かった。
そうすると、僕は灯籠や石塔の陰に隠れた。
これを繰り返した。
ダッシュを何本もやると疲れる。それと同じことだった。長い時間、技を使わなくても、繰り返し使っていれば、そのうち疲れてくる。これは僕も経験していることだった。
それを相手にやらせた。
時間はかかるし、こっちも疲れるが相手も疲れる。どっちの疲労感が強いかが勝負だった。
長い戦いになった。