小説「僕が、剣道ですか? 4」

二十六
 宿場に出ると泊まる所を探した。
 個室で一人一泊二食付きで四百文の宿に泊まることにした。この宿も川湯だった。
 部屋に入ると、僕はきくを抱き寄せて口づけをした。きくは驚いたようだった。このような口づけは初めてだったからだ。
 僕は手ぬぐいと浴衣と新しいトランクスと折たたみナイフを持つと河原に下りていった。脱衣所で脱いだ着物を踏み洗いすると、まだ赤い血が滲んで出て来た。赤い血が出なくなるまで踏み洗いして絞った。
 頭を洗い髭を剃り顔を洗うと、川湯に浸かった。手ぬぐいに折たたみナイフを隠して入った。
 穿いていたトランクスを洗うと、川湯を出た。そして、躰を拭くと新しいトランクスを穿き、浴衣を着た。
 部屋に戻り、濡れた着物とトランクスをきくに渡すと、畳に転がるように横たわり、枕もせずに眠った。
「夕餉ですよ」と言って、きくに起こされるまでぐっすりと眠った。しかし、まだ、躰の疲れは取れてはいなかった。
 夕餉は沢山食べた。しかし、味は分からなかった。食べている最中から眠り出していた。

 膳を片付けると、布団を敷いて僕は先に寝た。

 次の朝も眠れるだけ眠った。それでも、朝餉は沢山食べた。食べられる時に食べられるだけ食べようと思ったのだ。
 今日も昨日より激しい戦いが待っているのだ。そう思うと、この一時が愛おしかった。

 宿を出ると山道に向かった。また、襲われることは承知の上だった。相手の戦い方はワンパターンだった。人がいなくなれば網を落とし、取り囲んでは手裏剣を投げ、数を頼りに切り込んでくる。これを繰り返して、僕が疲れるのを待つのだった。実際に疲れたこともあった。死を覚悟をしたこともあった。その時は定国に救われた。
 僕は山道に入ると、着物を端折り、ジーパンを穿き、草履を脱ぎ、安全靴に履き替えた。ジーパンの尻ポケットには折たたみナイフを挿し入れた。これで動きやすくなった。
 早速、網が降ってきた。時間を止めて、近くの木の陰にきくとききょうを隠すと、すぐに時間を動かし、木に登り、網を落とした忍びの者の四人の腹を、木々を飛びつつ、刺していった。そして、山道に降りると、そのまま前を歩いて行った。案の定、手裏剣の雨が降ってきたが、今度は時間を止めずに定国で弾き返し、弾いた手裏剣を拾うと、見えた相手には投げ返して、腕か肩には刺した。そして、定国を抜いたまま、手裏剣の飛んできた方に向かい、そこにいた者を斬り殺していった。十人は斬った。
 そのまま先に走ると、矢が飛んできた。これも定国で切り落としながら、矢の飛んできた先に走り、木の上にいた者を折たたみナイフを投げて刺し、木から落とし、定国でとどめを刺した。折たたみナイフは、そいつの着物で拭いた。
 そして木から落とした者が持っていた弓と矢を使って、四人に矢を目に刺した。相手は僕のスピードについて来られなかった。そして、このように戦う方が時間を止めるよりも、遥かに体力を温存できた。
 そして山道に降りて、道を歩いた。すぐに刀を抜いた者たちに囲まれた。その数は二十人だった。定国を抜いた僕は、彼らに向かって走って行った。刀を振ってきた者は刀ごと定国で斬り捨てた。今の定国は刀すら大根か牛蒡のようだ。触れる物すべてを定国は斬っていった。二十人を斬り殺すのに十分かかったかどうかだった。
 また手裏剣が飛んできた。それをかわして、手裏剣の飛んできた方に走り、投げた者を次々と斬っていった。六人は斬っただろう。
 斬った者の着物で定国を拭おうとした時、定国が唸る音を立て、刀がある方向を示した。そこに向かって走って行くと木の陰に隠れていた忍びの者に出くわした。定国は自らの意志のようにその者を斬り殺した。同じことがこの後、四度続いた。最後の一人を斬ると、その着物で定国を拭い、鞘に収めた。
 元の道を戻って、木の陰に隠れていたきくとききょうを連れ出すと、風呂敷包みを持って歩き出した。
 しばらく歩くと、定国が唸り出した。きくとききょうを木の陰に隠し、風呂敷包みもそこに置いた。そして、そのまま歩いて行くと上から網が降ってきた。もう時間は止めなかった。網をすり抜け、木に登ると、網を投げた者を斬り殺した。そして、木から木に飛び移ると、残りの三人も斬り殺した。
 そして歩いて行くと、今度は手裏剣が投げられてきた。それも定国がすべて切り落とし、投げてきた十人は、逆に定国に斬られた。
 山道に降りると、定国が唸り始めた。その唸る方向に向かうと、木陰に五人が潜んでいた。定国を振り上げて、五人を斬り殺した。
 そして、道の反対側にも五人が隠れていたので、これも見つけ出して斬り殺した。定国はまだ唸っていた。近くに敵がいるのだ。
 定国は木の上を指した。そこには、槍を持った者がいた。僕は木に登り、その者を斬ると、すぐ側の木にももう一人いた。定国を投げて、その者の胸を貫いた。僕はその者がいた木に飛び移り、その者が落ちていく寸前に定国を掴んだ。
 僕は体操選手にでもなったかのように身軽だった。木から木に飛び移るのが楽しかった。そして、相手を見付けると定国が唸った。こうして、四人は斬った。
 山道に降りると、前に二十人、後ろに二十人に囲まれた。定国は唸った。
 僕は前に走ると、最初の相手は刀ごと斬り捨てた。次の相手も刀は役に立たなかった。頭から斬られていった。そして、左右の二人を斬ると、さらに前に走り、三人の腹を切り裂いた。そして左右の二人を突き刺し、正面の者を袈裟斬りにした。
 その後は、定国が動き出し、前にいた残りの十人はあっという間に斬り捨てていった。
 そして、残るは後ろから追ってくる二十人だけになった。
 定国は嬉しそうに唸った。僕は彼らの群れに、定国と共に飛び込んでいった。
 先頭の二人を斬り、左右の二人も斬った。反転して、後ろの二人も斬った。そしてその後ろの二人も次々に刺し殺した。刀が右から突き出されたが、定国が防いだ。そして、その刀を突き出した者を斬り捨てた。僕に向けられる刀は、ことごとく定国が弾き返し、逆にその者を斬り捨てていった。
 二十人はあっという間に、斬り殺され、道ばたに転がった。
 定国を抜いたまま、山道を歩いたが、定国が唸ることはなかった。当面の敵は倒したのだ。
 山道を戻り、きくとききょうの元に行った。すると、いなかった。風呂敷包みが残されているだけだった。
 定国が唸り出した。定国を抜いた。すると、ある方向を示した。その方向に向かって、僕は走った。
 空き地が見えてきた。三十人ほどがいた。
 きくとききょうは捕まっていた。
「この女と子どもの命が惜しければ、刀を捨てよ」と頭らしき者が言った。その時、僕は時を止めた。定国を持って、きくとききょうの元に行った。きくとききょうを縛って、掴んでいる者の腕を斬り落とした。そして、きくとききょうの縄を切った。
 そのあたりにいた三十人の者の腹を裂いていった。
 そして、頭の両足を刺し、その手をきくとききょうを縛っていた縄で後ろ手に縛った。
そして、時間を動かした。
 周りにいた三十人が突然苦しみ出し、地に倒れた。頭は地面に腰を落として、自分が何故後ろ手に縛られているか分からないようだった。
 僕は頭の右手を刺して「どうやら立場が逆転したようだな」と言った。
「殺すなら、早く殺せ」と頭は言った。
「ああ、殺すさ」と僕は言うと、腹を裂いた。
「だが、簡単には殺さない。私たちを殺そうとすれば、どれほどひどい仕打ちを受けるか分からせるまではな」と僕は言った。
 頭は笑った。
「我々に恐怖心などない。命令に従うだけだ」
「ならば誰に命令されている」と僕は訊いた。
「ふん、お前の手の届くようなお方ではない」と答えた。
「ならば、そいつも僕たちを殺すことはできない。僕はこの時代の者ではないからだ」と言った。
「何ぃ」と言ったきり、頭は死んだ。懐紙で定国の血を拭うと、鞘に収めた。
 僕は、きくとききょうを連れ出すと、風呂敷包みのあった所に戻り、川を探した。山道を歩いて行くと、下の方に川が見えたので、降りていった。安全靴を洗い、ジーパンを脱いで洗った。着物も肌着も脱いで、最後は裸になって、川で游いだ。その時、ヤマメを何匹も捕まえたので、岸に放った。
 濡れた着物を着て、草履を履くと、ジーパンは絞ってバスタオルに包んだ。安全靴はそのまま風呂敷に包んだ。
 ヤマメは木の枝に刺して、火打ち石で起こした火で焼いて食べた。美味しかった。