小説「僕が、剣道ですか? 4」

四-2

 二日ほどして、昼頃に番所の下っ端の方の役人が来た。
「同行していただきたい」と言うので、「きく。出かけてくるがいいか」と訊くと、「きくはここでお帰りをお待ちしています」と答えた。
 僕は、下に下りていき、草履を履くと、その役人について、番所まで行った。
 番所に着くと、もう一人の役人が「あの後、隣町の番所の者にそちのことを問い合わせたところ、凄腕の剣客だそうじゃな」と言った。
「凄腕かどうかは分かりませんが、剣には少々自信があります」と応えた。
「そこで頼みがあるのじゃが」とその役人は切り出した。
「ここから四里ほど行った先の古寺に盗賊どもの住処がある。番所からも何度も討伐隊を出したが、一向に退治できぬ。おぬし、手を貸して貰えぬか」と訊いてきた。
「手を貸そうにも、私は帯刀していません。これでは戦いようがありません」と言った。
 すると、その役人はもう一人の役人に、「盗賊たちから取り上げた刀を持ってこい」と言った。その役人は番所の奥に入っていき、何本かの本差と脇差を持ってきた。
 僕はそれらを一本一本抜いて、刀の状態を見た。ほとんどの刀が刃こぼれをし、錆びていた。その中でも状態のいい本差一本と脇差一本を選んで「これを頂けるのでしたら、手伝いましょう」と言った。
「そうか、わかった。その刀はそちにやろう」
「ありがとうございます。でも、刀は刃こぼれがしたり錆びたりしていて、すぐには使えません。研ぎ師に研いでもらう必要があります。この町に研ぎ師はいますか」
「町外れに一軒ある」
「ではそこで研いでもらいます。研ぎ終わったら、討伐隊に合流します」と言った。
 そう言うと、役人の顔が曇った。
「何か都合の悪いことでもありますか」
「その討伐隊のことだが、当方では出せぬ」
「では、討伐には行けぬではありませんか」と僕は言った。
「わかっておるのだが、何とかそち一人で討伐に行っては貰えないだろうか」
「それは無謀です。相手は何人ですか」
「確か、二十四人だ。弓や槍も持っている」
「それでは私一人ではどうにもなりません」
「だが、問い合わせた番所の話では、二十数人ほどの盗賊を一人で倒したことがあると言っておったぞ」と役人は言った。
「それは話が大きくなって伝わっているのです。私一人で二十数人も相手にできるはずがありません」と僕は言った。
「そうよのう。そちを見ていても、とても二十数人を倒したお人には見えぬ」
「でしたら、この話は無かったことにして頂けますか」
「そうしたいところだが、もう討伐して貰えるようにお願いしたと答えてしまった」とその役人は言った。
「何て言うことを。それでは、もう討伐に向かうことは決まっていて、その討伐に向かうのは私一人ってことなのですか」と訊いた。
「有り体に言えば、そうだ」と役人は言った。
「そうですか」
「盗賊たちには懸賞金が懸かっている。首領には十両、主だった者五名には一人二両、その他の者には一両、締めて三十八両の懸賞金が出る」
「その懸賞金を受け取る前に、私が殺される」と僕は言った。
「すでに刀を渡している。断れば、そなたたちの詮議をやり直すことになる」と役人は言った。
「分かりました。どうしてもやらなければ、ならないってわけですね」
「申し訳ないが、そういうことだ」
「だったら、刀を研がしてから行かせてもらいます。刀の研ぎ代は、そちら持ちでよろしいですよね」と僕は言った。
「わかった。それでよい」
「では、研ぎ師の所に案内してください」
「安岡、案内してやれ」と役人が言った。
 下っ端の役人が「こちらです」と先に番所の外に出て、歩き出した。
 研ぎ師の所は、役所の向かい、二軒目の所にあった。
「何か研ぎ物でも」と研ぎ師が言った。
 僕は番所でもらった本差と脇差二本を出した。
 研ぎ師は本差を鞘から抜いて見た。
「ひでえな、こりゃ」と言った。
 脇差の方も鞘から抜いて見た。
「どっちもひでぇや」と言った。
 下っ端の役人が「いつまでかかる」と訊いた。
「今から研ぎ始めても明日までかかりますぜ」
「じゃあ、明日の朝、取りに来る。それまでに研いでおいてくれ」
「わかりやした」
 僕らは研ぎ師の店を出た。
 通りに出ると、下っ端の役人は「明日、刀を受け取ったら、あっしが旦那を迎えに行きますから、旅支度をしておいてください」と言った。
「あなた一人ですか」と僕が言うと、「あっしは案内役です」と応えた。
「分かった。死地に向かうようなものだな」と僕は言った。
 下っ端の役人は「あっしはこれで」といなくなった。