小説「僕が、剣道ですか? 3」

十-2

「デートって何ですか」
「そりゃ、二人で一緒に買い物したり、食べたり、歩いたりすることです」と富樫が答えた。
「二人っきりになるんですか」ときくは訊いた。
「そう」
「きくはいやです」と言い出した。
「きくちゃんはお前の従妹だよな」と富樫が言った。
「従妹って何ですか」ときくが訊いた。
「従妹って知らないの」
「はい」
「そこまで、そこまで」と僕は話を中断させた。これ以上、きくに話をさせるとややこしくなると思ったからだ。
 しかし、沙由理と現代美術展に行くことをデートという言葉で、きくは聞いてしまった。
それが問題だった。
「京介さんは沙由理さんとデートするんですか」ときくは訊いた。
「デートじゃないんだ。現代美術展に行くだけだから」と僕が言うと、富樫が「それがデートって言うんです」と余計なことを言った。
「京介様がデートするなら、わたしも行きます」
 ほらね、こういうことになるんだよ。
「いや、きくちゃんがデートについていくのは、まずいなあ」と富樫は言った。
「どうしてですか」
「さっきも言ったようにデートは二人でするものだから」と富樫は言った。
「だったら、京介様がデートするのは、きくは反対します」と言った。
 僕は富樫を見て、余計なことを言って、と言うような顔をした。富樫は、済まんと言う顔をした。
「きくちゃんは、京介が好きなんだね」
 そこをほじくってどうする、って言いたくなった。
「はい、好きです」
「はっきり言うなぁ。でも、従妹同士じゃあ、好きでもそれだけだよなぁ。今、京介の家にいるからそう思っているんだよ。妹が兄と結婚したいと思うのと一緒だ。そのうち大きくなれば、考えも変わってくるよ。そうだよな、京介」
 富樫は何とか、この場を収めたと思ったらしい。
「まぁな」と僕ははぐらかした。富樫はてっきり、僕が「うん」と言うものと思っていたようだ。
「京介様はきくをどう思っているんですか」
「可愛いと思っているよ」
「そうじゃなく、好きですか、嫌いですか」
「好きかな」
「じゃあ、沙由理さんはどうですか」
「好きでも嫌いでもないよ」
「好きでも嫌いでもない人とデートするんですか」
「断れない事情があるんだよ」
「そんなの、おかしいです」
「まあな、京介は絵理ちゃんに頼まれたから、断れないんだよな」
 おいおい、話をややこしくするなよ、と言いたくなった。
「絵理ちゃんって誰ですか」
「京介が好きな女の子」と富樫はついに言ってしまった。
「京介様には好きな人がおられたのですね」
 突然、きくは泣き出した。
「きくは京介様が好きです。だから、ききょうを……」と言い出そうとしたところで、僕はきくの口を手で塞いだ。
「お前のせいだぞ、富樫」と僕は怒鳴った。
「済まん、つい弾みで」
「弾みで言っていいことと悪いことがあるだろう」
 富樫は帰る仕草をした。
「ああ、そうしてくれ」
「じゃあ、またな」と言って、富樫はリビングを降りていった。
 僕はきくの口から手を離した。
 玄関の戸が開き、閉まる音がした。富樫は帰ったが、台風の目を置いて行きやがった。
 きくはしばらく泣いていた。
 僕は自分の部屋に入った。
 クラウドストレージにアップロードしていたデータをパソコンにダウンロードして整理をし、ジーンズにチェーンでつけているUSBメモリにコピーした。それと同時に携帯のデータを整理して容量を増やした。
 きくが部屋に入ってきた。
「京介様はきくが好きですか」
「好きだよ」
「それなのに他にも好きな人がいるんですね」
「そういうこともあるよ」
「きくはつらいです。どうすればいいですか」
「そんなこと、僕には分からないよ」
「きくはつらいけれど、我慢します」
 僕はこういうのが、一番弱いんだ。
「明日はデートなんですね」
「現代美術展に行くだけだ」
「それをデートって言うんですね」
「もう、いい加減にしてくれないか。富樫の言ったことは、半分はでたらめだからな」
「そうなんですか」
「そうだよ」
「わかりました」