小説「僕が、剣道ですか? 3」

十-1
 この週末から冬休みに入る。
 授業も身には入らなかった。
 ほとんどの奴らが、スキー旅行に行くようだった。当然、富樫も行く。
 僕だけが取り残されたような気分になった。
 食堂でひとりまったりしていると、「今度の日曜日、空いてる」と絵理が訊いてきた。
 僕は起き上がると、「空いてる。当然、空いてる」と言った。
「現代美術展って興味ある」
「ある。もちろん、ある」
「そう。じゃあ、行く」
「行くよ、当然だろ」
「わかったわ、沙由理にそう言っておく」
「えっ。君が行くんじゃないの」
「そんなこと、わたし言った。一言も言ってないわよ」
 絵理はそう言うと、「新宿西口改札、午前十時だからね。遅れないようにね」とチケットを僕に渡した。
 離れていく絵理を見ると、柱の陰にいる沙由理に向かって指でOKサインを出した。
 僕はしてやられた。
 絵理と沙由理を比べると、人によっては沙由理の方が美人だと思う人もいるだろう。あるいはそう思う人が多いかも知れない。沙由理の方が華やかさがあった。そして、人当たりもいい。沙由理を悪く言う人を僕は知らない。
 だから、僕は幸運に思うべきなのかも知れない。しかし、人の好みはそれぞれだからしょうが無い。

 週末になり、学校は冬休みに入った。
 僕の二学期の成績は、カンニングのおかげでそんなには悪くはなかった。だから、金曜日に通知表を見せる時も、胸は張れないにしても、そっと出すほどではなかった。
 土曜日は、富樫が来て一騒動があった。
「それにしても、ききょうちゃんはわかるが、きくちゃんはもう冬休みに入ったのか」と訊いた。
「そうだよ」
「早いな」
「信州は夏休みが短いんだが、その分冬休みが長いんだ」と説明した。
「えっ、きくちゃん、長野県人なの」
「そうだよ」
「そうか」
 という話をした後で、きくがいた時に、富樫が突然、「きくちゃんはどこから来たの」と訊いた。
 きくは「白鶴藩ですけれど」と答えると、富樫は「白鶴藩ってどこ」と訊いた。
「白鶴藩は白鶴藩です」と答えた。
 それで僕に「白鶴藩って長野にあったか」と訊いた。
「そうなんじゃないのか」
 富樫は携帯を出して「検索してみる」と言い始めた。
「あれ、長野に白鶴藩なんてないぞ」と言った。
「昔の藩名だからないんじゃないの」と僕は答えた。
「おかしいよな」と、まだ富樫は言っていた。
「そんなこと言ってるんだったら、帰れよ」と言うと「俺、きくちゃんにお茶を入れてもらいたいんだけれどな」と言った。
「いいですよ。リビングのテーブルにお座りになってください」と言った。
 僕と富樫は、僕の部屋にいたのだ。
「わかりました」と富樫が言った。
 それにしても、きくはいつの間にリビングとかテーブルとか覚えたのだろう。母にいろいろ言われている間に覚えたのかも知れない。
 僕と富樫がリビングのテーブルに着くと、電子ポットから急須に湯を入れていた。それから湯呑みにお茶を注ぎ、富樫に先に出し、後から僕に湯呑みを出した。
「どうぞ」ときくは言った。
「頂きます」と富樫が言った。
「今日はお菓子は何ですか」と富樫は図々しく言った。
「今日はですね、おせんべいしかありません」
「あっ、それでいいです」
「じゃあ、お出ししますね」と言って、きくは漆塗りの皿にせんべいの袋詰めの物を一つ載せて、富樫と僕に一つずつ出した。
「頂きます」と富樫が言うと、きくは「どうぞ、お召し上がりませ」と言った。
「この感じいいよな。秋葉に来たみたいだ」
「秋葉って何ですか」
秋葉原のことだよ。地名」と僕は説明した。
「今度、きくちゃんをメイド喫茶に連れて行こうぜ。そうすれば、もっとそれらしくなるかも」
「お前なあ、図々しいにもほどがあるぞ」
「わかった、わかったって。冗談だから」
「ふぅ」と一息ついたところで、急に富樫が「お前、明日、あの沙由理ちゃんとデートするんだって」と言い出した。
「沙由理ちゃんって誰ですか」ときくが訊いた。
「俺たちの学年で一番、美人の人」と富樫は大袈裟に答えた。いや、富樫なら本気でそう思っているかも知れなかった。