小説「真理の微笑 真理子編」

三十七-2

「何て人たちなの」
 真理子は肩で息をしていた。
 二人の刑事が出ていくと、「何あれ」と真理子はまだ怒っていた。
「その誰かの失踪とあなたの事故がどう関係があると言うのよ。邪推もほどほどにして欲しいわ。もう刑事たちが来ても病室には入れないわ」と真理子は言った。
「向こうも仕事だから、しょうがないだろう」
「あなたは平気なの」と真理子が訊くと、富岡は「俺には関係のないことだから、平気だよ」と答えた。
「考えてみればそうよね。あんな人たち、気にすることなんかないわね」
「そうだよ。それより、会社移転の方が大事だ」と言った富岡は、プリントアウトされた一枚を取り上げて「この青山にある****ビルの六階ってのはどうだろう。三百八十一.二十六平米で月五百六十八万七千七百四十円、保証金十二ヶ月っていうのは手頃じゃないか」と言った。
「青山の一等地にあるわね」
「ああ」
「明日、会社に行ったら、あたってみるわね」
「うん。それから欲しいものがあるんだ」
「なあに」
 富岡はパソコン雑誌の広告のところを開いて「これなんだが」と切り出した。そこには新発売のラップトップパソコンが載っていた。
「ここにいてもパソコンがないと落ち着かない」
「あなたは養生していればいいのに」
「もう十分、休養はした。退屈でしょうがないんだ。パソコン雑誌や週刊誌を読んでいるのも飽きたし」
「わかったわ。でも、パソコンを持ち込んでもいいのかしら」
「看護師に訊いてきてくれないか」
「そうするわ」と言って、真理子は病室を出てナースステーションに向かった。
 真理子は看護師を連れて病室に入っていった。
 看護師は病室を見渡して、「ここにパソコンを入れるんですか」と訊いた。
 富岡はしゃがれ声で「ええ、でもラップトップパソコンと言って、極めて小さいものです」と言った。
 真理子は、富岡の言ったことを看護師に伝えようとしたが、「大丈夫です、わかりますから」と看護師は言った。それから「前例がありません」と言った。
 富岡は「それはそうでしょう。最近出たばかりの機種ですから」と言って、パソコン雑誌を広げて、そこに載っている広告を見せた。そして「これです」と指で指し示した。
「事務長と相談して、後でお返事するということでいいですか」
「ええ、それでいいです。それとそこの電話線、使えますか」
「これですか」
「ええ。それなら電話を使ってもいいですか」
「特別な許可が要りますよ」
「構いません」
「わかりました。その件も事務長に相談してみます」
「お願いします」
 看護師が出ていくと、真理子が「電話ならわたしがするのに」と言った。
「それにあなたの声じゃ……」
「電話が使いたいわけじゃないんだ」
「何なの」
「電話線が使いたいんだ」
「どういうこと」
「真理子には分からないかも知れないが、パソコン通信がしたいんだ。それができれば、会社にいなくても、ここから指示が出せる」
「そうなの」
「ああ」
「へえー。便利なのね」
 そう話している間に、看護師が来た。
「最近、使われ出した携帯電話のように電波が出るものじゃありませんよね」
「ええ、それは保証します」
「では、この書類に持ち込む物の品名と用途を書いてください」
 看護師は富岡に用紙を渡したが、「上手く字が書けないから」と言って、その用紙を真理子に渡した。
 真理子は富岡の名前と住所、電話番号を書き、品名以下のところは富岡から言われたように書いた。最後のサインは富岡が下手な字で書いて○で囲んだ。
「次はこれです」
 今度は電話使用許可の書類だった。保証金が十万円だった。
「高いですね」
 その保証金の額を見て、真理子が言った。
「ここから外国に電話をする人も多いんですよ」と看護師は答えた。
 その書類も真理子が書いて、印のところだけ富岡がサインをした。
「ここの電話番号は〇三-***-****です」
 看護師は書類の写しを渡しながら、その下の方に書いてある電話番号のところを示した。
「電話料金は退院後の精算になります。郵便局の振込用紙に金額が書き込まれていますから、それで払い込んでください。後で電話機を持ってきますね」と看護師は言って出ていった。
 富岡は真理子に手帳を出すように言った。
 真理子が自分の手帳を出すと、富岡はラップトップパソコンの製品名とモデム、そして電話線ケーブルを購入してくるように言った。
 そして「この病室宛に届けてもらえるとありがたいんだが」と言った。
 真理子は「わかったわ」と言って病室を出た。午後六時前だった。