2024-03-01から1ヶ月間の記事一覧

小説「僕が、剣道ですか? 1」

十六 早朝だった。 昨夜もきくとは交わらなかった。ただ、抱いて眠りはした。 きくはまだ眠っていた。起こさないように、きくから離れた。 立ち上がると躰が軽い。 毒の影響はすっかり無くなっていた。 障子を開けて廊下に出ると、まだ月は低く浮かんでいた…

小説「僕が、剣道ですか? 1」

十五 前の晩はきくと口づけをしただけで眠った。 きくを抱けるほど躰は回復していたわけではなかった。 しかし、朝起きると、自分で半身を起こせるだけでなく、まだ少しふらついてはいたが、立ち上がることもできるようになっていた。 きくがそんな僕を見て…

小説「僕が、剣道ですか? 1」

十四 きくと二人だけになるとホッとした。 横になろうとした時に股間がもごもごするので、手を当ててみた。おむつをしていた。 三日三晩、意識を失っていたのだから、下の世話は大変だったろうと思った。 「済まなかったね」と呟いていた。 「何ですの」とき…

小説「僕が、剣道ですか? 1」

十三 「先生」と看護師が言った。 「どうした」 「血圧がどんどん低下しています」 「何」 医師は聴診器を僕の胸に当てた。そして「血液、採取」と叫んだ。 看護師は血液を採取する道具を取りに病室から出て行った。 その間に医師が「面会人は病室から出て行…

小説「僕が、剣道ですか? 1」

十二 あの老人の言うように躰を動かすことができなくなったわけではなかったが、動きが緩慢になったのは事実だった。何としても催眠術を解かなくてはならなかった。 このままでは戦えなかった。 僕は、とにかく身を隠す場所を探した。 庖厨に出たので、その…

小説「僕が、剣道ですか? 1」

十一 荒れ寺が遠くに見えてきた。 先発隊が偵察に行ってきたところ、連中は起きてきたばかりのようで、全員かどうかは分からないが、ほとんどの者が寺の中にいるらしいということだった。 ここからは静かに近寄っていかなければならなかった。 もう少し近寄…

小説「僕が、剣道ですか? 1」

十 夕餉の時に、明日の盗賊討伐の話を島田源太郎にした。 早朝出発することも伝えた。 「わかった。大変だろうが、くれぐれも頼み申す」と頭を下げられた。 「失敗はしません」と答えた。何の勝算もあるわけではなかった。 その夜は激しかった。きくが声を上…

小説「僕が、剣道ですか? 1」

九 討伐隊の面々を道場に集めた。 「不満かも知れないが、この討伐にあたっては私が指揮を執る」 佐竹から聞いていたらしく、一同は頷いた。 「では、これから明日の作戦会議を開く」 僕は懐から寺の見取り図を出して広げた。 「見取り図が見られるように、…

小説「僕が、剣道ですか? 1」

八 朝が来た。 目が覚めると、枕元に彼女がいた。よく見ると、可愛かった。だが、まだ十四歳だった。十四歳の女の子を抱いてしまったのだ。 「お目覚めですか」 「ああ、おはよう」と言うと「おはようございます」と返してきた。 「今日も、いい天気ですね」…

小説「僕が、剣道ですか? 1」

七 朝餉の後、庭で木刀を振るっていると、迎えの若い者が来て、道場に連れられていった。僕はすっかり道場主の待遇だった。昨日は三十人ばかりだったのが、今日は増えて、倍の人数に膨れ上がっていた。当然、道場には全員入って座ることができなかった。十人…

小説「僕が、剣道ですか? 1」

六ー2 一度、僕に倒されているから、彼らは警戒してなかなか間合いを縮めて来なかった。今度はこちらから間合いを詰めにいった。いくら間合いを詰めようと時間がスローに感じるから、相手の間合いに入ったとしても、僕には届かなかった。七人は瞬く間に倒さ…

小説「僕が、剣道ですか? 1」

六ー1 「どうなんです」 僕の母が医師に訊いた。 「脳のMRIを取ったが、どこにも異常が見られません。自発的に呼吸もしています。どうして意識が回復しないのか、わかりません」 医師はそう答えた。 僕は家老屋敷では、客人扱いを受けていた。することが…

小説「僕が、剣道ですか? 1」

五 僕は全身、血しぶきを浴びていた。盗賊たちがいなくなると持っていた刀を放り捨てた。 籠の戸が開き、「重ね重ね、ありがとうございました」と中の女性が礼を言った。 戸が閉まると、籠は持ち上げられ、動き出した。 僕は「あそこに倒れている仲間はどう…

小説「僕が、剣道ですか? 1」

三 僕が落ちたのは、白樺の林の中で、すぐ下の方から怒声が聞こえていた。 誰かの籠を盗賊が囲んでいる感じだった。 付き添いの者は女中二人、侍四人いたのだが、腰が引けていて全く役に立ちそうになかった。籠の中にいるのは女性だろう。 盗賊は八人。勝ち…

小説「僕が、剣道ですか? 1」

二 しかし結局、富樫の説得に負けて、「これっきりだぞ」と言って、試合に出るはめになってしまった。 翌日、試合があるというのに、とある剣豪の夢を見た。明日、タイムスリップするとは到底思わなかった僕は、次の試合の興奮が躰を包んでいるかのようだっ…

小説「僕が、剣道ですか? 1」

僕が、剣道ですか? 1 麻土 翔 一 二月、滑り止めの私立高校の受験に失敗した僕は、都立高校の試験が最後の希望だった。内申書の成績が悪い僕は、当日の学力考査が全てだった。 だが、二月下旬に行われた試験日には、僕はひどい風邪に見舞われていた。咳が…

小説「真理の微笑 夏美編」

二十五 三月の面会時にも祐一を連れて行くと、高瀬は喜んだ。 高瀬と祐一だけで話しているうちに時間が来た。 夏美は二人に置いて行かれる気がした。 面会を終えて刑務所を出てくると、その高い塀を見て、「ここにお父さんは収監されているんだ」と、今更の…

小説「真理の微笑 夏美編」

二十四 夏美は毎日、ホームヘルパーの講習に通った。 そして一ヶ月後に修了証書を手にした。 夏美は、その修了証書を持って、十二月の高瀬との面会に臨んだ。 高瀬は面会室に入ってくると、「元気だったか」と訊いた。 「元気よ」と夏美は答えた。そして、「…

小説「真理の微笑 夏美編」

二十三 秋を終え、畑仕事も一段落がついた頃、夏美は新聞に入っていた広告が目に入ってきた。その中でホームヘルパーに興味が湧いた。 高瀬隆一は、自動車事故により車椅子生活を余儀なくしている。刑期を終え、出所してきた時に高瀬に不自由な暮らしは、夏…

小説「真理の微笑 夏美編」

二十一 帰りの電車の中では、夏美は涙を流しているところを人に見られるのを隠すのに苦労した。 祐一を連れて来なくて良かったと思った。最初に面会した時は、嬉しさと弁護士がいた事でわからなかったが、こうして一人で高瀬に面会に来ると、会っているのに…

小説「真理の微笑 夏美編」

十八 六月になった。 判決が申し渡される事になった。 「主文、被告人高瀬隆一を懲役八年の刑に処する。罪状、殺人及び死体遺棄罪、罰条、刑法第**条**項及び、刑法第**条**項。……」 主文が言い渡されると、報道陣は一斉に法廷を出ていった。 弁護側…

小説「真理の微笑 夏美編」

十七 傍聴席にいた夏美は、証人としてあけみが現れた時は、心穏やかではなかった。真理子の存在だけでも、いっぱいいっぱいのところにあけみが現れたからである。そして、あけみが「ここでそれを言えと言うの。男と女の事だからわかるでしょ」と言った時は、…