二十五
相手の数は増えてきていた。
「鏡殿」と佐竹が言った。
「ご心配、無用。まだ、数が足りていません」
「そんなことを言っても、もう十人はいますぞ」
「十人は、一人と同じことです。全員を成敗しなければ、この先、やっかいごとは続くでしょう」
「でも相手が武士ならば、斬り捨てはならんぞ」
馬に乗った家老の嫡男、島田源太郎が言った。
「分かっております。しかし、腕の骨を折るぐらいは許されませんか」
「斬らずに、相手の腕の骨を折ると言うのか」
「そうです」
「そんなことができるのか」
「容易いことです」
「おぬしと話していると、相手が何人いようと怖い感じがしないな。不思議なものじゃ」
「で、よろしいんですね」
「斬らぬのなら、許す。無礼を働いているのは、相手だからな。本来なら、斬られても文句の言えぬところだが、斬った者にも咎が及ぶやも知れぬから、用心に越したことはない」
「では、そうさせて頂きます」
前方に三十人ほどが集まり、道を塞いだ。
佐竹が「御家老の嫡男、島田源太郎様だと承知をしておるのか。道を空けぃ」と叫んだ。
中の一人が「承知しているから、こうして行く手を塞いでいるんじゃないか」と言った。彼らは皆、覆面をして、顔を隠していた。
僕が少し前に進んで「盗賊と看做して成敗するが、いいか」と言った。
相手は一歩下がったが、「おぅ」と叫んだ。
「佐竹殿、源太郎様をお守りください。残りの者は私が始末します」と言った。
「わかった」と言う佐竹の声を聞いて、僕は相手に向かって走って行った。
突然、走り寄られた最初の二人は刀を抜く隙も与えられずに、両腕を峰打ちにされ、両手をだらりと下げた。骨を折られたのだった。
その脇にいた二人も刀を抜く前に、手の甲の骨を砕かれた。
四人が倒れると、次の二人が刀を引き抜こうとしていたが、まだ引き抜けないうちに両手の骨を峰打ちで折られていた。
ほんの一分もかからず六人が倒されていた。
相手に動揺が走った。
覆面をしているのは、この前、菩提寺で髷を切られていたからだろう。それに武士とはいえ、夜盗同然に襲ってきたからかも知れなかった。
人数が増えたのは、仲間を呼んだか、浪人を金で雇ったかしたのだろう。浪人を雇ったのだとすれば、その腕を見込んだのだろうが、見込み違いだった。
だが、そう思ったのは早計だった。浪人らしき最後の一人は、刀の柄に手をかけて、ゆっくりと間合いを詰めてきていた。この浪人は腕が立つのが分かった。
僕も正眼の構えのまま、その浪人と相対した。
浪人と対している間に、刀を抜いていなかった者たちが刀を抜いて、周りを取り囲んだ。皆、正眼の構えをして、突いてこようとしていた。周りを取り囲み、一斉に突いてこられれば、普通は防ぎきれない。
相手が間合いを詰める前に、僕はひとっ跳び後ろに跳び、後ろの相手の間合いの中に入り、振り向きざま、刀を手にしていた者の腕の骨を折った。真後ろの一人を倒し、すぐにその左右の者の腕の骨を折った。
それから右に跳び、同じように最初の一人の腕を折り、刀を落とさせると、その両脇の二人も同じように腕を折った。
今度は左に跳び、同じように三人を倒した。
二分とかからず十五人が倒れていた。
もう半数しか、残っていなかった。
しかし、正面の浪人は動じた気配がなかった。よほど腕に自信があるのだろう。
素早く間合いを詰めてきた。
残りの者たちは、僕を取り囲むのを止めて、その浪人の後ろに隠れた。
僕を取り囲んでも無駄だということがよく分かったのだろう。
その浪人は、焦ることもなく、間合いを詰めると、何かを待つように、じっと動かなくなった。その者の周りの空気が冷えているように感じた。
何かを待つというのは、こちらが動き出すのを待っていたのだろう。
それならば動いてみようと思った。
僕も刀を鞘に収めた。
「ほう」と相手は言った。
「おぬしも居合い抜をするのか」と言った。
「やはり、そうか」と僕は言った。そして、「では、参るぞ」と言って相手に向かっていった。
相手に近づいていくと、相手が刀を抜き出すのが見えた。
速い。
思ったより、速かった。こちらが抜こうとする時、すでに相手は刀を抜いて、斬ってきた。もし、怯えて止まっていれば相手の刀の餌食になっていたことだろう。それほど、相手の動作は速かった。しかし、僕が走り抜ける方がさらに速かった。
そして、僕はすでに刀を抜いていた。
その刀は峰打ちだったが、相手の胴に食い込んでいた。振り向きざま、見えていた相手の右足のアキレス腱を切った。もう片足でしか歩けない。居合い抜はできなくなっただろう。
相手は倒れた。
その後ろにいた者が逃げ出そうとしたので、彼らの先を走って、まず追いついた者の前に回って、腕の骨を折った。その脇を逃げようとしていた二人も腕の骨を折った。
残り十一人に減っていた。
僕は両手を広げて「逃がさん」と言った。
相手は仕方なく、刀を向けてきた。中央にいるのがその仲間の大将なのだろう。
その一人を残すように、左右から一人ずつ腕を折っていった。十人が倒れた。
そして、最後の一人になった。
震えているのが分かった。
「相手を見てから、戦いを仕掛けてくるべきだったな」と僕は言った。
彼はやけくそになって、刀を突き出してきた。その刀をたたき落とすと、両手の甲を砕いた。そして、右足の骨も折った。
これで当分、外には出られないだろう。
刀を鞘に収めると、島田源太郎の元に戻っていった。
骨を折られた者たちは、草むらの中に消えていった。
屋敷に戻ると、道場で稽古をしていた者たちが出てきた。
島田源太郎と佐竹は馬に乗っていたから、先に帰っていた。僕はゆっくりと歩いて帰ったから、佐竹からでも話は道場の者たちに伝わっていたのだろう。
「先生が戦っているところを見たかったです」と誰もが言った。
僕は「そのうちにな」と言って、奥に入っていった。
風呂ではきくが「今日も大変でしたね」と言った。
「そうだな」
「この前、お墓参りをした時の仕返しでしょうか」
僕は家老から聞いた話はできなかったので、「そんなところだろう」と言った。
「馬鹿な人たちですね。何人束になっても、鏡様をお斬りになるなんてこと、出来やしないのに」ときくは言った。
「それが一度では分からなかったから、やってきたんだろう。だが、もう手出しはしまい」
「それならいいですけれど」
夕餉の席では、佐竹が今日の出来事を他の者たちに語って聞かせた。
身振り手振りで、面白おかしく言うものだから、座は沸いた。
一番困ったのは、「ね、鏡殿」と同意を求められてくることだった。多少、演出が入っているから、話はオーバーになっていた。しかし、完全に間違っているわけでもないので、違うとも言えない。適当に頷くしかなかった。
座敷に戻るときくが待っていた。
「お話を聞かせてくれませんか」と言う。
「きくもか」
「きくも聞きとうございます」
「今日は疲れた。早く休みたい」
「お布団の中で聞きます」
僕はうな垂れた。