小説「僕が、剣道ですか? 1」

二十八
 次の日の午前中、城より使いの者が来て、大目付より鏡京介に質疑があるとの伝言が伝えられた。
 鏡京介は、城に上がる支度をきくにしてもらい、伝言を伝えに来た者と一緒に登城した。
 殿中に入る前に、若侍に刀を渡し、控えの間に通された。
 襖が開けられると、中央に大目付が、左右に二人ずつの目付が座っていた。
 僕は、引き摺るように前に進み平伏した。
「鏡京介だな」
「さようでございます」
「面を上げい」
 僕は顔を上げた。
「そちに対して疑義の申し立てがあったので、吟味する」
「はは」
 僕は頭を下げた。
「そちは当藩、白鶴藩の者ではござらんな」
 右上座の目付が訊いた。
「はい、さようでございます」
「では、どこから来たのじゃ」
 左下座の目付が訊いた。
「高潮藩でござる」
「高潮藩の者がどうして、当藩に来るのじゃ」
 右下座の目付が訊いた。
「私は島田家の縁戚にあたる家の次男坊なのですが、跡取りがいない鏡家の養子となり、跡を継ぐことになりました。その御挨拶に当藩の島田家に伺いたいと書状を出しました。すると、ぜひ、来るようにとの書状を受け取りました。それで当藩に来ました。その時に当主からせっかく来たのだから、しばらく逗留して行くように言われ、今、島田家におります」
 僕はそう答えた。
「話はわかったが、それを証明するものがあるか」と左上座の目付が訊いた。
「御家老に伺えば済む話ではありませんか」
 大目付は「それはそうだが、高潮藩から来たと言うのであれば、今そなたが言った御家老からの書状があるはずではないか。それを出すがよい。それですべてが解決する」と言った。
 僕は懐から一通の書状を出して「これでございます」と言った。
 左下座の目付に渡し、それを大目付が開いた。右上座の目付にも見せて、確認させると頷いたので、「確かに御家老の直筆であることはわかった」とその書状を畳み、左上座の目付に渡し、それが左下座の目付に渡されると、彼から僕の元に戻ってきた。
「次の疑義に移る」と大目付は言った。
「その方、許可なく道場を開いているそうだな」
「再開したまでのことでございます」
「何」
「道場自体の許可は先々代が受けていると思いますが」
 左下座の目付が、「道場の許可自体は島田様の曾祖父が受けておられます。それ以来取り消されておりません」と答えた。
 右上座の目付が「しかし、道場の者が徒党を組んでいるという噂があるぞ」と言った。
「それはデマです」
 僕はうっかりこの時代にない言葉をしゃべってしまった。
「デマとは何じゃ」
 左下座の目付が訊いた。
「でたらめな話だということです」
「でたらめだと」とこれも左下座の目付が言った。
「そうです」
「龍音寺のことはどうなんだ。おぬしの弟子たちが一杯いたという話を聞いたぞ」
 右上座の目付が言った。
「それこそ、でたらめです。それは他の参拝客に訊けば分かることです」
「おぬし一人が何人もの相手をしたと申すのか」
 右下座の目付が言った。
「よくご存じですね。その通りです」
「生意気な口をきくな」
 右下座の目付が言った。
「申し訳ありません」
 僕はまた平伏した。
「ただ、事実を申しただけであります」と言った後、「それよりもこの間、城からの帰り道で何者かに襲われました。そちらの方はどうなっておりますか」と訊いた。
「そんな話も聞いたが、真のことかどうか」
 左上座の目付が言った。
「真でございます。その場におりましたから」
「なんだと」と左上座の目付が腰を浮かした。
「おぬしがおったと言うのか」
 右上座の目付が言った。
「そうです。相手は覆面をしておりました。三十人ばかりいたでしょうか」
「まさか、それをおぬし一人で退治したと言うのではあるまいな」
 右下座の目付が言った。
「その通りですが、それではまずいですか」
「おぬし一人で三十人も相手にできるはずがないではないか」
 右下座の目付が言った。
 僕はまた平伏して「しかし、事実ですから、仕方がありません」と言った。
「しかし、すべて峰打ちです。斬り殺してしまっては、後が大変でしょうから」
 そして、僕は、膝に拳を握って、大目付に向かい合い、その目をしっかりと見据えてこう言った。
「すでに二度襲われています。最初は二十人、次は三十人です。今度、襲われるとしたらもっと多いかも知れません。そうなると、こちらも命がけです。峰打ちなどという甘いことはしておられません。次に狙われたら、誰であろうと必ず斬り捨てます。それを予め申しておきます。その場合には、喧嘩両成敗は成立しません。自己防衛ですから、御詮議は無用と願いたく存じます」
「何を無礼なことを」
 左下座の目付が言った。
「どこが無礼ですか」
「今、大目付様に言ったことだ」
 左下座の目付が言った。
「武士として、当然のことを言ったまでのこと。どこが無礼なのか、はっきり指摘してください」
 左下座の目付が何かを言おうとしたが言葉に詰まった。
 大目付は、ふっ、と笑った。
「威勢のいいことだ。御家老が後ろ盾になっているから、手出しができないと思っているのだろう。それも今のうちのことだ。後悔するなよ」
 そう言った後、「詮議はこれまでじゃ」と言って立ち上がった。
 僕は平伏して、皆が出て行くまで待った。
 控え室に戻り、殿中を出た所で、刀を渡された。刀を調べてみた。別に細工されている様子はなかった。
 僕は歩いて城を出た。