小説「僕が、剣道ですか? 1」

十四

 きくと二人だけになるとホッとした。

 横になろうとした時に股間がもごもごするので、手を当ててみた。おむつをしていた。

 三日三晩、意識を失っていたのだから、下の世話は大変だったろうと思った。

「済まなかったね」と呟いていた。

「何ですの」ときくが訊くから、「いや、独り言だ」と答えた。

 その時、思いついた。

「戦いの時に着て行ったものは取ってあるよね」と訊いた。

「ええ」と言って、きくは立って行き、戸棚を開けて「こちらに」と言った。その戸棚を見ていると、討伐に向かった日の朝を思い出した。

「それを持ってきてくれないか」と言った。

「わかりました」と言って、きくは服を僕の布団の横に置いた。

 その中でトランクスを見つけると、「これだ」と言った。

 もう、ふんどしはご免だった。

「きくは裁縫は得意か」と訊いた。

「少しは」と答えたので、トランクスを差し出して、「これと同じものが作れるか」と訊いた。きくは困ったような顔をして「わたしには」と言った。

「じゃあ、裁縫の上手い者を呼んできてくれないか」と言った。

「わたしができればいいんですけれど」と言って、きくはぐずぐずしていた。

「できないんだろう。だったら、できる者を呼んできてくれ」

 僕は、きくの心も計らずにそう言っていた。きくは他の者が、特に女性がこの部屋に入ってくるのが嫌だったのだ。

 でも仕方なく「わかりました」と言って出て行った。

 そして、しばらくすると、きくが中年の女性を部屋に連れてきた。

 彼女が座ると、トランクスを見せて「これと同じものが作れるか」と訊いた。

「手に取って見せて頂いてもよろしいですか」

「いいとも」

 僕はトランクスを彼女に渡した。

 彼女はトランクスを子細に見ていたが、腰の部分のゴムで伸び縮みする箇所を見て、「他は何とかなりますが、ここはできません」と言った。

 そりゃ、そうだな、と僕は思った。まだゴムはできていないはずだものな。

「そこはこうしてくれないか」と言って、僕はトランクスの腰の部分を目一杯に広げてゴムが伸び切った状態にした。

「この状態で作ってくれ。そして」と言いながら、僕はジーパンを取り出してきて、そのベルトひもの部分を触らせた。そして「これと同じような間隔に紐を付けてくれ。そうしたら、ここに紐を通して結ぶから」と言った。

「わかりました。これとこれをお持ちしてもよろしいですか」と言って、トランクスとジーパンを手にした。

「いいよ。持って行って、同じようなものを作ってくれ」

 女中はトランクスの方を差し上げて「こちらの方を作ればいいんですよね」と確認した。

「そうだ」と僕は言った。

「幾つ、作りましょうか」と訊くので、「取りあえず三枚」と答えた。

「随分、珍しい柄が入っていますが、色はどうしましょう」と訊くので「紺色で作れるか」と訊き返すと「作れます」と言うので「では、紺色でお願いする」と言った。

「早速、作らせて頂きます」と言って、女中は部屋から出て行った。

 彼女が部屋を出て行くと、「ねぇ、きく。本当にあの女中が一番、裁縫が上手いのかい。もっと若いのがいたんじゃないのか」と言った。

 すると、きくは「あの人が一番上手なんです。わたし、嘘など申しておりません」と怒った。

 ぼくは笑って「冗談だよ。きくが嘘を言うはずがないことは知っている」と言ったが、半分ほどは疑っていた。

 

 昼になると、島田源太郎が座敷に訪れた。

 僕は半身を起こしただけで、正座して迎えることのできないことを詫びた。

「そんな心遣いは無用だ。でも大変な目にあわれたな」

「油断をしていました。相手はたったの一人。それももう年のいった者です。剣も大した腕ではなかった。しかし、悪知恵が働く者でした。まさか、針を吹き付けてくるとは想像もしませんでした。不覚でした」

「当家としても、貴殿に何かがあったのでは面目が立たない。こうして回復されて良かった」

「ありがとうございます」

「十分、養生して欲しい」

「そう、させていただきます」

「今回の一番の功労者は貴殿だ。とにかく礼を言う」

「それには及びません。大したことをした訳ではありませんから」

「そんな謙遜を。皆が、おぬしの活躍ぶりを話しておるぞ」

「大袈裟に伝わっているだけです」

「まあいい。また夕餉を共にしたいものだ」

「そうですね」

「その時、武勇伝も聞かせてもらうことにする」

「大した話はできませんよ」

「その時は褒美も取らせる」

「それはご辞退します」

「何を与えるのか、聞かないのにか」

「ええ」

 島田源太郎は笑いながら「欲のない奴じゃ。これで失礼する」と言って、出て行った。

 

 部屋の隅にいたきくを見た。何となく不満そうな顔をしていた。

「どうした」と訊くと、「あなた様は、本当に欲のないお人ですね」と言った。

「せっかく、ご褒美をくださると言われているのですから、もらっておけばいいじゃないですか」

 ご褒美なんて、多分、金とか小判とか、そんなものだろうが、そんなものをもらっても今の僕には何の役にも立たない。ただ、ありがたく受け取るしかないじゃないか。そんなのご免だった。

 

 夕餉も粥だった。今度は自分で匙で掬って食べた。一口一口食べる毎に生気を取り戻していくような感じだった。おかわりをした。それも食べて、もう一度おかわりをした。僕がそれほど食べるとは思っていなかったようで、三杯目は半分ほどしかなかった。

「すぐに作って参ります」と言って、空になった鍋を持って立ち上がろうとしたきくを「もう、いいから。これで十分だから、そこに座っていてほしい」と引き留めた。

 僕はゆっくりと粥を食べると、空になった茶碗をきくに渡した。

 そして、お茶を飲み、夕餉は終わった。

 

 僕は夕餉の後、布団に横たわった。

 眠る時間になっていた。

 きくが僕の布団の隣に布団を敷いた。

 行灯の火をきくが吹き消した。今日は裸にはならなかった。上の着物だけ脱いで、襦袢のまま自分の布団の中に入った。

 僕は手を伸ばした。そして、きくの手を握った。しばらく、そうしているうちに、きくを引き寄せた。

 きくの顔が目の前にあった。

「お前に助けられたのだ」と僕は言った。

 きくは何のことかわからなかった。

「お前の作ってくれたおにぎりだ。あれを食べて元気が出た」

「そうでしたの」

「そうだよ」と言うと、きくに口づけをした。最初はビックリしたようだったが、次第に僕の舌を受け入れていった。