小説「僕が、剣道ですか? 5」

十一
 つづら折になっている街道に出た。その角を曲がると、前方に十人ほどの侍が待っていた。
 定国が唸った。敵だった。林の中から手裏剣が飛んできた。僕は定国を素早く抜いてそれらを弾き返すと、手裏剣が投げられてきた林の中に入っていった。それと同時に「風車殿、きくとききょうを頼みます」と叫んだ。
 林の中には、六人の忍びの者がいた。彼らは次の手裏剣を投げようとしていた。僕は時間を止めて、彼らが投げる前に全員の腹を切っていた。
 時間を動かすと、僕は林から出た。
 そして、街道を塞いでいる十人の侍の方に向かって走った。
 彼らも僕の方に刀を構えて走ってきた。僕らはすれ違った。それだけで相手は半分に減っていた。僕は振り返ると、残りの五人を次々と斬っていった。
 最後の一人の着物で定国の血を拭うと鞘に収めた。
 そして、風車が守ってくれていたきくとききょうの方に戻っていった。
「あの手裏剣をよく叩き落とせましたね、拙者には到底できないことです。それに、何とも凄まじい戦いだった。それにしても一瞬でけりがつくとは、見事としか言いようがありませんな」
 僕らは斬られた者の横を通り過ぎて、街道を進んでいった。風車は斬られた者の切り口を見ていた。
「相手に刀をかすらせてもいない。凄いとしか言いようがない。この目で見なければ、一瞬にして十人も斬ったなどとは到底信じられないところでした」
「…………」
「それにしてもあの者たちも手練れでしたよね。それをいとも簡単に斬り捨てていった」
「…………」
「あの者たちは一体何者なのですか」
「質問はそれくらいにして貰えませんか。私たちと一緒だと今のようにあなたにも災難が降りかかりますよ」
「あの者たちは公儀の者ですね」
「そうです」
「ということはあなたは公儀から追われているのですか」
「表向きはそうなってはいません」
「陰で追われているわけですか」
「…………」
「何か特別な事情がおありなんでしょうね」
「そうです。だから、私たちと同行するのは止めた方がいい」
「それは逆ですよ。何があるのか知らないけれど、こんなワクワクすることなんて放っておくことができますか。ますます、ご一緒したくなった」
「危険を承知の上のことでしたら、ご随意に。先程は、きくとききょうを守ってくれてありがとうございました」
「なんのそれしきのこと。この先も守りますよ」
「それはありがたい、と言いたいところですが、無理しないように。何しろ、相手が相手ですから」
「それはわかっています」
「じゃあ、行きましょうか」
 僕は台車を押しながら、歩き出した。

 宿場に出ると、蕎麦屋に入った。当然、風車も入ってきた。
 同じ卓を囲んで、蕎麦を食べた。風車の食べ方は豪快だった。三人前をペロリと食べた。
「いつもは五人前、食べるんですけれどね」と言った。
 きくが哺乳瓶に白湯をもらってくると、代金を払って店を出た。

 次の宿場に来ると、僕らはここで泊まることにした。当然、風車もここで泊まることになった。僕らが高い宿を探しているのに対して、風車は安い宿を選ぼうとしていたのだろう。しかし、僕らがある宿を選ぶと、風車もその宿に泊まることにした。
「無理をしなくてもいいのに」と僕が言うと「無理などしていません」と返ってきた。
 僕らは一人一泊二食付きで四百文の個室に泊まることにした。風車は一人一泊二食付きで二百文の相部屋だった。
 朝餉と夕餉の説明を受けている時に、風車が寂しそうにしていたので、朝餉と夕餉は風車も僕らの部屋で取れるように、女中に言った。女中は、個室と相部屋では、膳の内容が異なることを言ったが、風車が「拙者は気にしないからそれでいいです」と言ったので、同室で食事をすることになった。
 風車は僕らの泊まる部屋の隣の相部屋に泊まることになった。

 部屋に入ると僕はきくに「これで良かったか」と訊くと、「しょうがないでしょうね」と答えた。
「そうか」
 きくの方が性根が据わっていた。
 床の間に定国を置き、荷物を片付けて一くつろぎしていると、隣の襖から「いいですか」と風車の声がした。
 きくを見ると、頷いたので、「どうぞ」と言った。
 襖が開き、風車が入ってきた。
「どうです。風呂に一緒に入りに行きませんか」と言う。
 そうか、風呂の誘いだったか、と僕は思った。
「いいですよ、ご一緒しましょう」と僕は言った。
「じゃあ、廊下で待っています」と風車は、襖を閉めて隣の部屋に戻っていった。
 僕は、宿で用意してあった、手ぬぐいと浴衣を持ち、着替え用のトランクスを風呂敷から取り出した。それと、折たたみナイフを手ぬぐいに隠して持った。
 廊下に出ると風車が待っていた。
「じゃあ、行きましょうか」と僕が言うと、風車も頷いたので、二人で廊下を降りていった。

 脱衣所では、僕が着物を脱ぐと、風車が「ほう、華奢な躰つきをしているが、立派な体格ですね」と褒めた。僕も、高校生になるまでは、ひょろっとしていたが、高校生になって、戦いに継ぐ戦いを続けているうちにアスリート顔負けの躰つきになっていったのだった。
 風車の方は相撲取りのような体格だった。
 僕がトランクスを脱ぐと、「珍しい穿き物をしていますね。ふんどしはしないのですか」と訊いた。
 僕は「ふんどしは苦手なんですよ。これはトランクスと言います。穿き心地はいいですよ」と答えた。
「そうですか」
 風呂場に行くと、僕は軽く躰を洗い、手ぬぐいを躰の近くに置いて、湯に浸かった。
 風車は岩盤でできた湯船の端に座ると、頭に手ぬぐいを載せて、故郷の民謡を歌い出した。聞いたことはなかったが、いい声だった。風車の故郷が浮かんでくるようだった。
 湯から上がり、髭を剃るために、折たたみナイフを手ぬぐいから取り出すと、「ほう、風呂場でも用意は抜かりないのですね」と言った。
「それもありますが、これは髭を剃るためです」と僕は言い、髭を剃って見せた。
「なるほど。便利な物があるんですね」と言った。そして「拙者は床屋でカミソリで髭を整えてもらっています」と続けた。
「そうなんですか。私は床屋に行かないもので、よく分からないんですよ」
「今度、ご一緒しましょうか」
「いや、遠慮しておきます」と僕は言った。
 髪を洗い、トランクスも洗った。それからまた、湯に浸かった。
 湯から上がると上がり湯を躰にかけて、脱衣所に入った。躰を拭いて、僕がトランクスを穿くのを見ていた風車は、やはり不思議そうな顔をしていた。
 浴衣を着て、着て来た着物と洗ったトランクスに手ぬぐいと折たたみナイフを持つと、風車を待って、僕らは部屋に上がっていった。
 部屋には、夕餉が用意されていた。
 風車の膳の方は、肴が一品少なかった。
 しばらくして、風車が襖越しに「いいですか」と声をかけてきた。
「どうぞ」と言うと、襖を開けて入ってきた。そして、空いている膳の前に座った。
「ご一緒させていただき、かたじけのうござる」と言った。
「まあまあ、とにかく一緒に食べましょう」と僕は言った。
 きくは笑っていた。
 風車はよく食べ、よくしゃべった。特に今日の僕の戦い方を絶賛していた。
「あれでは拙者とお手合わせした時も、刀に触れることもなく拙者の喉元に刀を突きつけることもできたわけですね」と言ったが、さすがにそれは無理だった。定国が風車の刀を弾いたことは覚えていた。しかし、僕は何も言わなかった。
 おひつが空になったので、風車は女中を呼んでおかわりを持ってこさせた。
 風車がいると、食事が進んだ。ききょうもよく食べた。

 夕餉が済むと風車は自分の部屋に引き上げていった。
 布団が敷かれて、布団に入ったが、隣の部屋に風車が眠っていると思うと寝付きにくかった。きくとは手を繋いで眠った。