四十
僕は大きくくしゃみをした。目を開ければ僕はベッドの上だった。
「京介、わかる」と言う母の声が聞こえた。そして、ナースコールのボタンを押した。
看護師が来て僕を診た。
「先生をお呼びしますからね」と看護師は言った。
ほどなく医師が来た。
僕の目蓋を手で開いて、ペンライトの光を当てた。
眩しかった。
両目を診て、「意識は戻っている」と医師が言った。
きくとききょうが雷に巻き込まれたのは、覚えていた。途中までは一緒だったが、最後に手を離してしまった。
目を閉じた。
涙が溢れてきた。
その時、母の携帯の電話が鳴った。
「どうしたの」と母が言った。
「えっ、何。何があったの」
母は何が起こっているのか分からないようだった。
「冗談でしょう」と言った。
「冗談じゃないの」
母の顔が真剣になっていった。
「それ、ほんと」
「どうしたの」と僕は涙を手で拭って訊いた。
「京介の部屋に、ずぶ濡れの着物を着た若い女性と赤ちゃんがいるって言うの」
「えっ」
そんな馬鹿な、と思った。
これは長い夢だったんだろう。違うのか。
「名前を訊いて」と僕は言った。
「名前は何て言うの」
母は携帯を耳に当て、その名前を聞いた。
「で、何だって」
僕ははやる気持ちでいっぱいだった。
「きく、だって」
そう母は言った。
「えっ、そんな」
了