小説「僕が、剣道ですか? 4」

十五

 朝餉も終わろうとしていた頃だった。

 僕は木村彪吾に、思いきって「この際ですから、私を城中に入れさせては貰えませんか」と言った。

 木村彪吾は「いかなる名目で入城されるおつもりですか」と訊いた。僕は、「私には、見せ技の一つに真剣白刃取りというのがあります。これをぜひ、殿にご覧いただくというのでは、どうでしょうか」と言った。

「城中に入られて、どうされるのですか」と木村彪吾は訊いた。

若年寄、佐野五郎殿の顔が見たいのです」と答えた。

「しかし、登城されるのはいいが、危険も伴いますよ」と言った。

「承知の上です。まず、相手の顔を知らなければ、話になりません」と言った。

「そうですか。今日、登城したら殿に進言してみましょう。珍しい物が、好きな殿ゆえに、その真剣白刃取りをご覧になりたいと言い出すと思います」と言った。

「そのようにお願いします」と僕は言った。

 

 客室に戻るときくはききょうと遊んでいた。ききょうに、手の平や足の裏で床を押したり引っ張ったりして躰をひきずって前進するずりばいをさせていた。その後、お座りをさせた。これを繰り返していた。

 ぼくはきくを河原に連れて行き、懐剣の練習をさせるつもりだったが、昼餉まではききょうと遊ばせておこうと思った。

 僕は床の間から刀を取ると、庭に出て着物の上半身をはだけて、打込みの練習をした。

 昼になったので、井戸場で手ぬぐいで上半身の汗を拭き洗いして、昼餉の席に着いた。

 虎之助は、今日も町道場に稽古に行くようだった。

 

 昼餉が済むと、ききょうに乳を飲ませた後、きくとききょうとで河原に行った。

 バスタオルを風呂敷に入れてきていたので、浅瀬でききょうを裸にすると、水遊びをさせた。半時も水遊びをさせると、ききょうも疲れてきたようなので、バスタオルで拭いてタオルのおむつにおむつカバーをした。そして、僕の肌着を着せるとバスタオルを敷いた抱っこ紐に入れて眠らせた。

 ききょうが眠っている間に、きくには懐剣の使い方を学ばせた。

 僕が刀を抜き、何度も突いてくるように言った。最初は躊躇っていたが、次第に真剣に突いてくるようになった。

 きくの躰の動きは遅かった。速い物が見えるのと、躰がそのスピードに追いついていくのとでは雲泥の差があった。気長に練習を続ける必要があった。

 おやつ時になったので、ききょうを起こし、僕がおんぶして、町に出た。そして甘味処でぼた餅を三人分頼んだ。

 ききょうにも少しずつ、ぼた餅を崩して、口に運んだ。口に入れると、美味しそうに食べた。

 ききょうが残した分は、僕が食べた。お茶を飲んだら、代金を払って店を出た。

 少し町を見物してから、屋敷に戻った。

 

 屋敷に戻ると、虎之助が道場から帰っていた。

 僕と手合わせがしたいと言うので、木刀を用意させて、庭で半時ほど打込みをさせた。

 虎之助は筋が良かった。

「そのまま励めば、なかなかの剣士になれる」と僕が褒めると、虎之助は喜んだ。

 少し早かったが、風呂に入ることにした。

 脱衣所には、手ぬぐいと浴衣が用意されていたので、今日は思い切って、着物を洗うことにした。もう長いこと洗っていなかったので、泥のような黒い水が出た。きくも着物を洗うことにした。

 いつものように折たたみナイフで髭を剃り、きくに背中を流してもらって、五右衛門風呂に入ると気持ちがさっぱりとした。

 風呂場を出るとトランクスを穿き、浴衣を着た。そして、きくからききょうを受け取るとバスタオルで躰を拭いた。

 きくも風呂から出て来て、ショーツを穿き、浴衣を着た。

 湯屋を出ると、掛け竿に風呂場で洗ってきた物を干した。

 

 夕餉になった。

 木村彪吾が「殿に鏡殿のことを話したら、興味を持たれて、明日連れて参れ、と申されました」と言った。

「早速、明日ですか」と僕が言うと、「早く、その真剣白刃取りとやらを見てみたいものじゃ、と申されましてな」と言った。

「そうですか」

「わたしも真剣白刃取りという技を知らなかったものですから、調べさせたところ、かなり危険な技のようですな」と言った。

「そうです。見れば分かりますが、下手をすれば死にます」と僕が言った。

「そんな技なのですか」

「ええ。ところで、相手になるのは、誰か決まりましたか」と僕が訊くと、木村彪吾は「いいえ、見たこともない技なので、誰とは決まっておりません」と答えた。

「それは都合がいいことです」と僕は言った。

「都合がいい?」

「それはこちらのことです。ところで、失礼ながら、お殿様の名前を知りません。お教え願えませんか」と僕は言った。

「鷹岡彦次郎様です」と答えた。

 僕は頷いた。

 

 寝る時になって、きくは「真剣白刃取りなんて大丈夫なのですか」と訊いた。

「もう何度もやっている技だ。失敗はしない」

「そうですか」

「ああ、心配しなくてもいい」

「今日は、お疲れですか」

「いや」

「では、そちらに行ってもいいですか」

 僕が答える前に、きくは僕の布団の中に入ってきた。