三
僕が落ちたのは、白樺の林の中で、すぐ下の方から怒声が聞こえていた。
誰かの籠を盗賊が囲んでいる感じだった。
付き添いの者は女中二人、侍四人いたのだが、腰が引けていて全く役に立ちそうになかった。籠の中にいるのは女性だろう。
盗賊は八人。勝ち目は無い。
僕には関係ないと思った。
そのとたんに心拍数が上がるのを感じた。
下を見ると、護衛をしている家臣の一人の首を斬ろうとしているのが見えた。
えっ、と思うまもなく、僕は坂を転がっていた。
転がっているのだから音には気付くだろう。刃の切っ先が僕に向かっていた。
腹をえぐられるものと思っていた。しかし転がりながら、チェーンとカッターナイフを腹の方に移して、胸にはペットボトルを抱えた。
すごい音がした。僕はどこか切られたのかと思った。
でも、そうではなかった。相手は気絶していた。切っ先はチェーンに絡まっていた。
僕は相手の刀を取ると、次にすぐに襲ってきた者の小手を切った。その次に上段に振り上げた者には腹に突きを入れた。
殺す感覚は無かった。
相手はまだ五人いたがちりぢりに逃げた。
付け人の侍が三人の命を奪うのをぼんやりと見ていた。
しばらくして、籠の戸が開いた。
最初に「どこの家中の者ですか」と訊かれた。「いえ、どこにも」と答えるのがやっとだった。
「浪人ですか」と続けて訊かれたので、「いいえ。西日比谷に……」と言いながら、この時代に分かるわけもないか、と思った。
供の者から「その風体はどうしたのか」と尋ねられた。
「南蛮渡来の物です。この辺りでは目にしようも無いでしょうが」と答えた。
「剣の心得があるようだが」
好きな剣士になぞらえて大きくでまかせで答えてみた。本当は小野派一刀流なのだが……。
「さもありなん。見事な腕じゃった」
一番の長老の者が言った。二天一流はともかく北辰一刀流は、まだこの時にはなかったはずだが、と僕は思った。
「ではこれにて」
僕は段々会話に疲れていた。どこかの方言をずっとしゃべっている気がしていた。
「そうはいかん」
「ちょっと待ってください。私にも用事はあるのです」
あるわけもないが、今どこにいるのか、知るのが先決だと思った。
籠の中の女性が「それはそうかもしれませんが、このままお帰ししたら殿にどのように言われるかわかりません。ご一緒していただけませんか」と言う。
供の者に囲まれてしまえば、嫌とも言えなくなる。僕の悪いくせだ。
「分かりました」と小さな声で言った。そして、手にしていた相手の刀を放り捨てた。
若い女中の一人が近くに寄り、「こちらへ」と囁いた。籠の側に寄るように言ったのだ。椿油のいい香りが漂った。
稲妻に打たれた僕はそのまま路上に倒れた。誰が一一九に掛けたのだろう。
救急車で運ばれた先は御茶の水近くの病院だった。
僕は意識がなかった。
意識は違う次元に飛んでいたのだから。