小説「僕が、剣道ですか? 2」

三十七-2

 試合場に出ると、氷室隆太郎は「鏡殿、おぬし本気か」と尋ねられた。
「真剣でやるということだ」
「本気ですが」
「真剣でなかったから、二天一流は本差と脇差を使ったが、私の二天一流は真剣なら両方とも本差を使うが、いいのだね」
「どっちでも同じでしょう」
「本気でそう思っているのか」
「ええ」
「私と同じ技量を持つ者を二人相手にするのと同じことだぞ」
 僕は笑った。
「そんな馬鹿な。ただ、二本剣を持っているというに過ぎません」
「笑っていられるのも、今のうちだ。真剣でこそ、二天一流の価値がわかろうというものだ」

 太鼓が打ち鳴らされた。
 立ち合い開始の時を知らせるものだった。
 試合場には、真剣を持った鏡京介と氷室隆太郎がいた。
 審判の侍が「始めい」の声をかけた。
 僕はゆっくりと刀を抜いた。氷室は左に走った。そして、抜刀しながら斬りかかってきた。それを受けていると、左から刀が向かってきた。僕は飛び退いて避けた。
 僕の受けが弱ければ、斬られていたところだった。
 すぐに激しい剣の応酬が始まった。左右から繰り出される剣は、一様に鋭く速かった。そして何よりも力強かった。『私と同じ技量を持つ者を二人相手にするのと同じことだぞ』と言った氷室隆太郎の言葉が冗談ではなかったことが証明された。
 僕は苦戦した。
 少しずつ相手に押し込まれてきていた。
 ここぞとばかりに打ち掛かってきた。僕は凌ぐのがやっとだった。
 いつもならスローに見える剣も、氷室の剣はスローに見えなかった。いや、スローに見えていたのだが、この時の僕にはそれが分からなかったのだ。そうでなければ、とっくに僕は氷室の剣の餌食になっていたはずだから。
 とにかく、氷室の剣に堪えた。
 堪えた後は、今度は打ち込んでいった。小手、小手、胴の要領で愚直に攻めた。攻めながらスピードを上げていった。
 今度は相手がかわす番だった。とにかく四方から剣を繰り出し、相手の隙を狙った。しかし、相手に隙はできなかった。
 だが、相手に間を与えず、どんどん攻めていく他はなかった。少しでも気を緩めると相手が攻め込んでくる。
 三十分ほど、激しいせめぎ合いが続いた。
 僕はわざと隙を作って、相手に攻めさせてみた。すると、最初の鋭さが鈍くなっていることが分かった。人は疲れるものだ。まして、二本の剣を同じ力で振り回していたのだ。人の倍も疲れているのに違いなかった。
 僕は一気に攻め立てていった。相手が必死にかわすのがやっとといった感じで攻めていった。
 そして、相手の右の刀を大きく払いのけた。と同時に肩に刀を置いた。
 僕は自分が勝ったと思った。
「相打ちだな」と氷室隆太郎が言った。
 左脇腹あたりに剣を突き立てようとしていた。それは僕が氷室の肩に剣を置いた後だった。だから、その瞬間に僕の勝ちだったが、しかし、一瞬のこと故、誰もそれに気付いてはいなかった。
 僕はさっと飛び退いた。
「この代償は高くつくよ」と僕は言った。
 そして、再び剣を繰り出した。氷室も対抗した。しかし、次第に僕の剣のスピードが彼のより勝ってきた。彼に悟られぬように僕も剣のスピードを落として、斬り合いを続けていた。
 彼の右腕が僕の脇を通過しようとした時、さっと剣を引き、峰打ちでその右腕をしたたかに打った。これは誰の目にも止まらなかったに違いない。骨の折れる音がした。氷室の右手はもう剣が持てんだろう。そして、すぐに胴を峰打ちにして気絶させた。
「勝負あり。鏡殿の勝ち」
 審判の侍の声が響いた。
 周りで見物していた侍たちが響めいた。

 中島と近藤が駆け寄ってきた。
「凄かった」と中島が言った。
「ほんとに良かった」と近藤が言った。
「水が飲みたい」と僕が言うと、小姓が湯呑みに水を入れてきた。
「もう一杯」
 また小姓が走って戻ってきた。
 手ぬぐいで汗を拭うと、藩主の前に行き、片膝をついた。
「怪我を負わせてしまいました」
 僕はそう言った。
「仕方がない。いい試合だった」
 藩主は一言そう言って立ち上がった。