小説「僕が、剣道ですか? 3」

七-2

 路地で挟まれた。僕はきくを連れて、先に行こうとした。しかし、またしてもオーバーの襟を掴まれた。
「なぁ、俺は謝ってくれって言ってんだ。何も難しいことを言っているわけじゃないだろう」
 僕ときくとききょうは、路地に押し込められていった。
「謝ったじゃないですか」
「はぁ」
「その、はぁ、が分からないんですけれど」と僕は言った。そう言いながら携帯を出して、彼らの写真を撮った。彼らには素早すぎて写真を撮られたことも分からなかっただろう。
 写真はすぐにクラウドストレージにアップロードした。と同時に録音を始めた。
「はぁ」と言った奴が、周りを見回して、「こいつ、謝り方も知らねえぞ」と言った。
「済みませんじゃ、いけませんか」と僕は言った。きくは僕にしがみついていた。
 僕はオーバーのポケットの中を探って、皮手袋を脱ぎ、前にごろつきから奪ったナックルダスターを右手に嵌めた。そして皮手袋をその上からした。さすがに上まで引き上げられなかったので、右手を出して、左手で引き上げた。
 その時、一瞬彼らは身構えたが、皮手袋をしただけだとわかると、また元に戻った。
「済みませんで通れば、警察はいらねぇんだよ」
「じゃあ、警察に行きますか」
「なんだと、こりゃ」
「嘗めてますぜ、こいつ」
「おい、お前。お前が今、どういう状況になっているのかわかっているのか」
「分かってますよ。新宿にも渋谷にも行けない、道が塞がれていてね」
「わかってるじゃないか」
「で、どうしろと」
「だから、謝れって言ってるんだよ」と「はぁ」と言った男が言った。
「どう謝ればいいんですか」
「馬鹿か、お前」
「馬鹿呼ばわりされる覚えはないんですけれどね」
 僕ときくとききょうは、次第に路地の奥に追い詰められていった。
 路地の向こう側は、線路で、金網が張ってあった。また、路地の両側は居酒屋風の店で、まだ昼間の今頃はどこも扉が閉じられていた。
 僕らは袋地に入り込んでいた。
 相手は右側に八人、左側に七人いた。合計十五人だった。
「おい、口の利き方に注意するんだな」
「分かりましたよ」
「わかりゃいいんだよ。で、謝ってもらおうか」
「済みませんでした」
「おいおい、お前は何を聞いていたんだ。それで謝っているつもりか」
「謝っているつもりですが、違うんですか」
「やっぱり、こいつは馬鹿だぜ」
 周りの連中が笑った。
「そうだな。謝り方も知らねえ馬鹿だぜ」
「だから、どうすれば謝ったことになるんですか」
「言わなきゃ、わかんねぇのか」
「分かりません」
 僕がそう言うと、相手は呆れたような顔をした。
「本当に馬鹿だな、お前は」
「馬鹿で、済みません」
「金だよ、金」
 とうとう相手は、お金の話を持ち出してきた。
「お金が、謝ることとどう結びつくんですか」
「はぁ」
 また、そいつは「はぁ」と言った。
「とにかく、金を出せばいいんだよ」
「分からないなぁ。お金を出すことと謝ることとどういう関係性があるんですか」
「金を出すっていうことが、謝るっていうことになるんだよ」
「ああ、そういう意味だったんですね。で、いくら出せばいいんですか」
「さっきなら、数万で済んだが、今はこれだけ集まったんだぜ」
「何人ぐらいいます」
「馬鹿か、お前は。数えられないのか」
「怖くて、よく分からないんです」
「十五人だよ」
「十五人ですか。それで、いくら払えばいいんですか」
「少なくとも一人あたり、これくらいだな」とそいつは人差し指を一本立てた。
「千円ですか」
「馬鹿野郎。さっきなら、数万で済んだが、って言っただろう。一人一万に決まってるだろう」
 きくは僕のオーバーの腰あたりに手を置いていた。
 僕は財布を取り出した。そして中を見て、「五、六千円しかありません」と言った。
 すぐ近くの者が、財布を取ろうとしたので、僕はすぐにしまった。
「ふざけるなよ、この野郎」とそいつは言った。
 そいつは「キャッシュカードが見えました。キャッシュカードで引き下ろさせればいいんですよ」と言った。
「そうだな。五、六千円じゃ、しょうがないからな」
「そこの女の子を捕まえろ」