小説「僕が、剣道ですか? 3」

十六
 ガラス屋が来て、玄関のガラスと、納戸と風呂場のガラスを入れ替えた。もともと割れにくいように中に針金が入っていたが、今度のはもっと強度が高い物だとガラス屋は説明した。代金を払って領収書をもらった。それを携帯で写して、保険会社に送信した。保険会社は写された写真を見て、保険金額を支払う。うちが入っている保険は再使用ができる範囲なら下りる保険なので、以前のガラスと全く同じ物を入れる必要はなかった。建物のような場合、以前のガラスと強度を増したガラスとでは、同じか以前の方が高い場合もあるからだった。

 僕は昨日写した人だかりの写真をパソコンのディスプレイで見ていた。
 その中に気になる男を見つけた。そいつの顔を拡大して印刷した。

 亀のように閉じ籠もっていても始まらない。こっちから出向くことにした。
 母には、「ちょっと用があって出かけるから」と言って、きくとききょうのことを頼んだ。

 黒金町でバスを降りると、通りを歩いた。
 いくつもの袋小路になっている路地が並んでいる。その一軒一軒が夜になると賑わいを見せる。しかし、昼間は静かなものだった。
 数人の若い者が歩いてくるので、道の端に寄った。
 すると中の一人が、わざと肩をぶつけてきた。
 僕は「済みません」と言って通り過ぎていくフリをした。
 すると、すぐに「おい」と後ろから声をかけられた。
「済みませんじゃ、ねえだろうが」と言った。
 僕は携帯を使っての音声録音はもう始めていた。
「どうすればいいんですか」
 連中の一人が前に回り込んだ。行く手を塞ぐためだった。
「そんなこと自分で考えろ」とそいつは言った。
 僕は後ずさりしながら、「済まないって謝っているんじゃ、いけないんですか」と訊いた。
「おい、こいつ、謝り方も知らねえぞ」とそいつが言った。
 その時、別の奴が「ボス、そいつ気をつけた方がいいかもしれませんぜ」と言った。
「何でだ」
「ここらあたりで、何人も一人の奴にやられているっていう話ですぜ。そいつじゃないんですかね」
「馬鹿な、こんなひょろっとした奴がそんなことできるはずがないじゃないか」
 一人が携帯を取り出した。誰かに連絡されるのは、まずい。僕は録音を中止して、携帯を取り出した奴の顔面を殴った。すでにナックルダスターは嵌めていた。
 皮手袋を嵌め直して、次に向かってきた奴の顔面も殴った。
 相手は六人だった。だが、すでに二人やった。
 奴らが誘い込もうとしていた路地の中に入っていった。一人が鉄パイプで殴りかかってきた。それをショルダーバッグで防ぐと、もう一度、ショルダーバッグをそいつの躰にぶつけた。中に入っていた催涙スプレーの缶が躰をこっぴどく痛めつけたことだろう。そいつは倒れた。ショルダーバッグから警棒を取り出すと、振って長くした。
「こいつ、武器を持ってやがる」と誰かが言った。言った奴に警棒を叩き付けた。背中を叩いたが、息もできない痛さだったろう。
 あと二人だった。ボスと呼ばれていない方に目をつけた。そいつはナイフを持っていたが、手が震えていた。僕は素早く近寄ると、そのナイフを持っていた手を警棒で殴った。痺れるような痛さだったろう。右手を押さえて、わめき声を出したから、首筋を打って昏倒させた。
 最後はボスと呼ばれた男に近づいていった。
「済まなかった」とそいつは謝った。
「あん、謝り方が違うんじゃねえのか。あんたはそう言わなかったか」
「わかった。金を出す。いくらでも持って行け」
「用は違うんだな」と僕は、そいつに近付いた。
「こっちに来るな」
「そっちに行かないと見せられないんだ」と僕は言った。
 そいつは地面に尻餅を突いていた。僕はそいつの前に仁王立ちになった。
 そしてしゃがむと、ポケットから印刷した写真を見せた。
「こいつは誰だ」
「知らねぇーよ」
「知らないはずはないよな」
 僕は警棒でそいつの胸を突いた。
「次は右手が泣くぜ」
「二年四組の高橋宏だ」
「知ってるじゃねーか」
「札付きのワルだ。関わらない方がいいぞ」
「忠告、ありがとう。で、どこへ行けば会える」
「新宿や渋谷のゲーセンに行けば会えるんじゃねえのか」
「そうか、ありがとよ」
 写真を畳んで、行こうとしたら、思いついたことがあったので、また振り向いた。
「お前さんの名前を聞いておこう」
「村田康だ」
「本当か」
 そいつの胸の内ポケットから生徒手帳を取り出して、携帯で写真を撮った。
「今日のこと、誰にもしゃべるなよ。誰がしゃべったかは、分かるからな」と僕は言った。
「わかってるよ」
「じゃあな」

 僕はまず新宿のゲーセンを隈無く歩いた。だが、数が多すぎて歩き疲れた。
 と、休んでいる時、目の前を、昨日写した人だかりの写真の中で気になる男が歩いて行った。
 そいつの後を付けた。どこかのビルの中に入っていった。中に入っている会社名を見たら、黒金金融株式会社というのがあった。そこに入っていったのかも知れなかった。外で二時間ほど待っていたら、出てきた。
 分からないように尾行した。こっちにも尾行が付いていないか注意した。
 そいつはまた別のビルに入っていった。ビルの中に入っている社名を見たら、(株)黒金不動産というのがあった。
 こっちは三十分ほどで出てきた。
 それからどこかのアパートの一室に入っていった。
 二〇二号室、片山あゆみと書いてあった。
 それから待っていたが、一時間経っても出てこなかったので、追跡は中断した。

 家に帰ると、午後九時を過ぎていた。
「どこに行ってたの」と母から言われた。
「いくら携帯にかけても出やしない。遅くなるときは言ってよね」
 携帯は電源を切っていた。追跡中に突然鳴られても気になるだけだったから、マナーモードや機内モードにはしなかった。
 きくと風呂に入り、きくと一緒に遅い夕飯を食べた。きくも僕が帰るまで食べないと言っていたそうだ。
 今日の収穫は、家に投石した奴が黒金高校の二年四組高橋宏だということと、彼の女のアパートが二〇二号室で、彼女の名前が片山あゆみだと分かったことだ。