小説「僕が、剣道ですか? 2」

七-2

 家老屋敷に戻った。道場の者は帰っていた。
 相川、佐々木、落合、長崎、島村、沢田が残っていた。
 それぞれ組になって打ち合っていた。
 僕を見ると寄ってきた。
「私たちに足りないものは何でしょうか」
 皆が真剣な眼差しを向けている。
「速さだな」
「速さですか」
「教えてやろう」
 僕はまず相川を呼んだ。木刀を持たせて、正眼の構えを取らせた。その相川の背後に僕が立ち、相川の木刀を持つ手を上から握った。
「腕の力を緩めておくんだぞ」
「はい」
 そう言った次の瞬間、僕は木刀を振り下ろした。
 相川は木刀を振り下ろしたことも分かってはいなかった。
 しかし、もの凄いスピードで木刀が動いたことは分かった。
 同じことを、佐々木、落合、長崎、島村、沢田にもやって見せた。
 皆、その速度に驚いた。
「もう一度やる」
 もう一度同じことを全員にして見せた。
 僕としては、ゆっくり振り下ろしたつもりだった。本気で振り下ろせば、相川たちの腕が付いて来れずに骨折してしまうからだった。
「その速さになれば、敵はいなくなる」と僕は言った。
「こんなに早く打ち下ろすなんて無理ですよ」
「できるようになるさ。練習を積むのだ」
 僕はそう言って道場を出た。

 風呂に入り、着替えて夕餉の席に着いた。
 家老は「近頃は辻斬りの話も聞かなくなったな」と言った。
 僕は「息を潜めているだけでしょう」と言った。
「そうか」
「はい。また必ず始めます」
「その時は鏡殿に、今度こそ仕留めてもらわなければな」と言った。
「そのつもりです。もう一度会った時が、奴の最期です。次はありません」
「頼もしいことだ」

 桟敷に行くと、きくが「刀はどうなされました」と訊いた。
 目ざといなと思った。
「鍛冶屋に出した」
「どこか調子が悪いんですか」
「そうだな。そんなところだ」
「堤道場にも行きましたよね」
「どうして分かる」
「お出かけになるときは、大抵、堤道場にお行きになるでしょう」
「そうかな」
「そうです」
「子どもはどうだ」
 そう訊くと、きくは嬉しそうに「今日もお腹を蹴ったのよ」と言った。
 きくのお腹はかなり張っていた。あと一月と少しすれば生まれるのだ。
 僕は高校一年生で父親になるのか、と思った。まぁ、夢だからいいけれど。