小説「僕が、剣道ですか? 2」

七-1
 家老家の菩提寺の住職に妖刀の話をした。
「それはやっかいな話ですな」
「と言うと」
「妖気がその刀を持っている者を守っているのでしょう。とすれば、その妖気を断ち切らなければならない」
「そうですね」
「鏡殿にそれができますか」
 僕は首を左右に振った。
「これは困りましたね。それではこうしましょう」と住職は言って、机に向かって筆で短冊に何やら書き付けた。そして、和紙にも何やら書き付けた。
 それを僕に渡して、「これを鍛冶屋に持っていき、刀を打ち直してもらいなさい」と言った。
「その短冊の用法は、紙に書き付けたので、それを見て、刀を鍛え直してもらえばいい」
「鍛冶屋と言ってもどこに行けば」
「源蔵さんの所がいいでしょう」
 その鍛冶屋のある場所を教えてもらい、僕は住職に礼を言って寺を出た。

 その鍛冶屋は大通りから二つ目の通りの中程にあった。
 中に入るなり、「なんだい」と言ったのが源蔵だった。僕は住職の紹介だと言って、紙を渡した。紙には、短冊も包まれていた。
「その刀を鍛えて欲しいのか」
「ええ」
「わかった、見せてみろ」とぶっきらぼうに言った。
 僕は帯から鞘ごと刀を源蔵に渡した。
 源蔵は刀を抜いた。しばらく見てから「ほう」と言った。
「この刀には多くの血が吸われている」
「ええ」
「血を吸った刀には、斬られた者の魂が宿る。その数が多ければ多いほど、刀は血を求めるようになる」
「そういうもんなんですか」
 源蔵は僕の顔を見た。
「この刀の持ち主にしては普通の顔をしている。不思議なものだ。そんな顔をしてこの刀を持ってはいられないはずだが」
「どういうことですか」
「この刀にも妖気が漂っている。だから、おぬしもその妖気の影響を受けいるはずなのだが、その気配がまるでない。初めてだ、こんなことは」
 それは僕が違う時代から来たからでしょう、とは言えなかった。時代を超えて妖気が乗り移るとは思えなかった。その刀の妖気もこの時代に封じ込められているのだ。
「この刀は預かる。二日後に来るといい」
 僕は鍛冶屋から出た。
 するとぶつかってくる若者がいた。懐から巾着を取ろうとしていたので、その手をねじ上げた。
「そう簡単には、お金は稼げないよ」
「参ったな。申し訳ありませんでした」
 僕は若者のを手を離した。
 すぐ逃げ出すのかと思ったら、「鏡の旦那じゃありませんか」と言う。
 僕に相手の見覚えはなかった。
「お前のことなどは知らんぞ」
「そりゃそうでしょう。今日、初めてお目にかかったんだから」
「だったらどうして私の名を知っている」
「背の高いお侍さんで着流しで隙がないと言えば、鏡様のことでしょう」
「つまらん評判が立っているようだな」
「でも、噂に聞いていたよりも遥かに若いな。あっしよりも若いでしょ」
「幾つだ」
「二十歳になります」
「それよりずっと若い」
「ですよね。噂では二十三、四ってところですかね」
「そんな歳なのか」
「そうじゃなきゃ、百人斬りなんてできませんよね」
「誰が百人斬りなんてした。でたらめだ」
「でも、そういう噂ですよ」
「噂は噂だ」
「でも盗賊は成敗したでしょう」
「それはそうだが」
「じゃあ、噂は本当だってことですよ」
「もう行け」
「あっしは、佐野助って言います。用があったら呼んでください」
「お前になんか用があるもんか。第一、呼ぶってどうすればいいんだ」
「辻にいる子どもに訊けばわかりますよ。あっしは子どもたちの遊び相手でもあるから」
 佐野助はそう言って、人混みの中に消えていった。根っからの悪党ではないようだった。