小説「僕が、剣道ですか? 2」


 道場に出た。
 相川たちが寄ってきた。
「もう一度、お願いします」
 そう言って頭を下げた。
 僕は門弟を壁際に寄せて「見ておくように」と言うと、昨日して見せた素振りを相川たちにさせた。
 今度は一歩、前に出るように言った。そして後ろから、手首のあたりを掴んで、木刀を振り下ろして見せた。
 相川たちは、自分ではできない速度で振り下ろされる木刀に驚く他はなかった。しかし、その速度を体感したことは大きかった。
「私にもお願いします」と言う声があちこちで上がった。
 僕は「腕立て伏せが百回できたら、しよう」と言うと、すぐさま腕立て伏せを始めた。
 結局、全員に僕が後ろに立って、その手を掴んでの素振りをした。
「凄い」
「先生はこんなに早く振っていたんだ」
 そんな声が聞こえてきたが、これでも手加減しているんだが、とは言えなかった。
 しかし、僕のした素振りの効果で、門弟の素振りにも一層、気合いが入った。なるべく速く振り下ろそうとする気持ちが伝わってきた。

 町に出たら、また辻斬りが出たという噂で持ちきりだった。
 辻にいる子どもに佐野助のことを訊いたら、河原で他の子どもと遊んでいると言う。そこで、河原に行くと、佐野助がいた。
「鏡の旦那ですか。何ですか、あっしに」
「辻斬りのことを知らないか」
「夜はあっしの場所じゃないんで知りませんよ」
「人捜しは上手いんだろう」
「そう見えますか」
「見える」
「金になる話ならしますけれどね」
 僕は二十銭を渡して、「辻斬りを見つけてくれ」と言った。
「見つけてくれたら、五十銭渡す」
「五十銭ですか」
「百でどうだ」
「いいでしょう」
「おそらく、今夜も出る。後を付けてくれ」
「わかりました」
 それで佐野助と別れた。
 自然と足が堤道場に向かっているのに気付いて、僕は家老の屋敷に戻った。

 夕餉の席では、辻斬りの話が出た。僕は家老に「明日から夜回りをします」と言った。
「頼む。番所には伝えておく」

 今晩が頼りだった。佐野助が上手く辻斬りの後を付けてくれて、居場所が分かれば上々なのだがと思っていた。
 だが、住職の話が正しければ、いったん始まった辻斬りが止まるはずはなかった。刀の持つ妖気がそれをさせないだろうと思った。だから、必ず、今日も辻斬りは起きる。問題は佐野助が上手く尾行できるかだった。こればかりは賭けのようなものだった。

 辻斬りはその夜もまたしても出た。
 次の日、佐野助に会ったが、辻斬りとは出会わなかったと言った。また二十銭を渡して、今度は北側から西側を見張っていて欲しいと言った。今夜の夜回りは、南側から東側と決めていたからだった。どちらかの網に辻斬りはかかるだろう。
 夜になり、番所に寄った。八兵衛と一緒に夜回りをすることになった。
 生温かい夜だった。
「出そうな夜ですね」
 八兵衛が言った。
「そうだな。出るだろうな」
 僕らが夜回りをしている方とは限らないが、出る感じはした。
 しかし、十二時を過ぎても現れないし、侍の姿も途絶えたので、解散した。

「駄目でしたか」
 きくはそう言った。
「そうでもないかも知れない」と僕は言った。
「どういうことです」
「こっちのことだ」
「こっちって」
「こっちは、こっちだ。とにかく寝よう」
 きくは僕に抱きつくようにして寝た。暑苦しいって……。

 次の日、佐野助は辻斬りに出会ったと言った。
 僕が見回っていた方に出なかったのだから、佐野助が出くわす可能性は高いと思っていたが、案の定だった。
「で、付けて行ったのか」
「もちろんでさぁ」
「どこに行った」
「それがお武家様のお屋敷に入られたんです」
「何だと」
「あっしも、びっくりしましたよ」
「で、どの屋敷か分かるか」
「ええ、お連れしますよ」

 佐野助が教えてくれた屋敷は、斉藤頼母の屋敷だった。
 斉藤頼母ほどの者が、辻斬りをかくまう危険を冒してまで、何故と思うばかりだった。
 佐野助には二百銭の他に五十銭を渡した。
「このことはもう忘れろ」
「そうしやす」
 佐野助はどこかに消えていた。

 道場に寄った。
 型稽古をしていた。
 門弟たちと少し汗を流した。
 
 その後で風呂に入った。
「今日は夜回りに行かないんですね」ときくは言った。
「いや、これから行くよ」
「でも、お風呂に入っているではありませんか」
「身を清めているのだ」
「身を清める、ですか」
「そうだ」

 僕は着物を着ると、床の間から刀を取った。
 それを抜いてしばらく見ていた。それから鞘に収めると帯に差した。

 屋敷を出て番所に寄った。
 八兵衛が待っていた。
「行くぞ」
「へい」
「今日こそは、出逢うことになる」
「そうですか」
「ああ。心して行こう」
「わかりやした」