2023-09-01から1ヶ月間の記事一覧

小説「僕が、剣道ですか? 7」

三十三 僕はテーブルについた。きくはコーヒーと自分のお茶を入れにキッチンに向かった。 母は顔を上げて、僕を見た。 いつもの母だった。 きくがコーヒーを母と僕の前に置き、自分のところにはお茶を置いた。きくは僕の隣に座った。 母はコーヒーに口をつけ…

小説「僕が、剣道ですか? 7」

三十二 沙由理とは、二日後に、新宿のカフェで会った。通りを歩いている時は、人にじろじろ見られる。沙由理はそれを楽しむかのように腕を絡ませ、肩に頭を預けてきた。 「すっかり有名人ね」と沙由理は言った。 「楽しそうに言うな」 「それはそうよ。彼氏…

小説「僕が、剣道ですか? 7」

三十一 沙由理からは、昨日から沢山のメールが来ていた。僕はそれに一度だけ、ありがとう、と返信した。 今日のメールにも朝刊の記事のことが書かれていた。昨日のメールは、当然のことだが、テレビニュースのことだった。 僕はメールで、『記者会見ではほと…

小説「僕が、剣道ですか? 7」

三十 監督質問の答えは、監督の適当ぶりがよく表れていた。僕が部活には、ほとんど出てこないのにもかかわらず、毎回来ているように言った。 壇上にいた部員はどう聞いていたのだろう。 とにかく、今回の優勝は稽古の賜ですと言い切った。そして、いかに稽古…

小説「僕が、剣道ですか? 7」

二十九 父も早めに帰って来たので、みんなから僕のインターハイの優勝を祝ってもらえた。 午後七時のニュースにも、インターハイの結果が流された。特に、個人男子優勝は都立高校初ということで、結構大きく放送された。 これはビデオに撮っておかれることに…

小説「僕が、剣道ですか? 7」

二十八 沙由理が来て、手を差し出した。僕はその手を握って、強く振った。 沙由理はマスク越しに風邪声で「おめでとう」と言った。後は、部員たちが寄ってきたので、後ろに離れた。 カメラマンが大勢やってきて、監督と並んだ写真を沢山撮られた。 それから…

小説「僕が、剣道ですか? 7」

二十七 準々決勝は、小手が二本決まって、僕が勝った。 と同時に女子応援団の応援が始まった。凄まじかった。 その後ろで、沙由理が盛んに手を振っていた。マスクを下ろして口を開いていたから、何か叫んでいたのだろう。だけれど、応援団の応援にかき消され…

小説「僕が、剣道ですか? 7」

二十六 「今日も勝ちましたね」とあやめが言った。 「うん」 「当然ですね」 「そうだが、張り合いがない」 「でも、時を止められる倉持喜一郎がいるんでしょう」とあやめが言った。 「どうして分かるんだ」 「だって、主様は剣道のことでは、倉持喜一郎のこ…

小説「僕が、剣道ですか? 7」

二十五 家に着くと、いつものようにきくが出迎えてくれた。この三つ指の出迎えが見たくて、富樫は僕よりも先に玄関に入った。 きくは富樫を見て、「いらっしゃいませ」と言った。そして、僕が入って行くと、三つ指を付けて「お帰りなさいませ」と言った。 富…

小説「僕が、剣道ですか? 7」

二十四 午前中だけということでインターハイまで仕方なく部活をした。午後からは、きくの勉強をみる機会が増えた。いわばきくの家庭教師をやっているようなものだった。 小学校で教える内容については、実生活に役立つものを選んだ。漢字も覚えさせる優先順…

小説「僕が、剣道ですか? 7」

二十三 夏休みに入った。 沙由理は、何かと誘ってくる。きくの存在には驚いただろうが、従妹がお従兄(にい)ちゃんを愛していると言っているのと変わらないのだと理解したのだろう。 以前と何ら変わらなかった。まさか、ききょうと京一郎が僕の子だとは思わ…

小説「僕が、剣道ですか? 7」

二十二 一ヶ月が経ち、その間、小児科医院にも行った。 期末試験が迫っていた。 それが終われば、夏休みになる。夏休みには、インターハイがある。今度は全国の強豪が集まる。楽しみだった。 だが、僕は部活はやっていなかった。監督は何も言わなかった。 バ…

小説「僕が、剣道ですか? 7」

二十一 夏季剣道大会兼関東大会の個人優勝も一段落ついたところで、僕ときくは小児科医院に一ヶ月経ったので行った。そこで、ききょうと京一郎に予防接種を受けてきた。そして、次の予約を取って医院を後にした。 父と母はショールームに行っていた。内装を…

小説「僕が、剣道ですか? 7」

二十 優勝杯と楯は富樫が家まで持ってきた。 「お邪魔しまーす」と入ってきて、いきなり玄関できくが三つ指突いて、「いらっしゃいませ」と言ったのには驚いたようだ。 僕には「お帰りなさいませ」と言った。 「あれ、まだおきくちゃんいたの」と富樫が言う…

小説「僕が、剣道ですか? 7」

十九 次の日、富樫が迎えに来て、区立体育館に行った。 昨日とは雰囲気が違っていた。西日比谷高校の控え場所に行くと、みんなの顔が強ばっていた。今日はベスト八になったことで、女子応援団が急遽来ることになったということもあったのだろう。 監督は「リ…

小説「僕が、剣道ですか? 7」

十八 きくが握ってくれたおにぎりを食べていると、道着を着た知らない男が近付いて来た。 「強いね。無反動の鏡君」と言われた。 「誰」 「僕を知らないの」とそいつは言った。 「知らない」と答えた。 「去年のこの大会の優勝者なんだけれどな」と言った。 …

小説「僕が、剣道ですか? 7」

十七 四月末から五月初めにかけての連休も終わった。 その間に、沙由理とは何度会ったことか。百点は確実に超えていた。沙由理は強引だったが、その強引さが、僕は嫌いではなかったのが、原因だった。 また土曜日にと誘われたが、次の土曜日は、ききょうと京…

小説「僕が、剣道ですか? 7」

十六 富樫に借りていた剣道の道具代を渡した。 「後でも良かったのに」と富樫は言ったが、「こっちは早い方がいいと思っているんだ」と僕は応えた。 「もう、連休だな」と富樫が言った。 「飛び飛びのな」と僕は応えた。 テレビで言っているような大型連休に…

小説「僕が、剣道ですか? 7」

十五 月曜日に注文していた物が届いたということで、休み時間に富樫から剣道具の一式が渡された。 「本当は練習に来て欲しいんだがな。一応、部員なんだからな」と言った。 「俺が行ったら、練習にならなくなる」と言い返した。 「部の方針も、無理に練習を…

小説「僕が、剣道ですか? 7」

十四 カラオケは午前十一時から始まった。 「メールしたのに返事は来ないし、携帯にも出ない。昨日は何してたの」と沙由理は言った。 「大事な用事があったんだ」と答えた。 黒金金融に行く時に、携帯の電源を切っておいたのを、今日起きるまで気付かなかっ…

小説「僕が、剣道ですか? 7」

十三 月曜日から木曜日まで、業者の学力試験があった。 僕は時間が止められるから、余裕で答えを盗み見た。学力試験などどうでも良かった。赤点を取らないことが大切だった。業者テストでも、多少とも成績表に響くからだった。 金曜日に家に帰ると、午後八時…

小説「僕が、剣道ですか? 7」

十二 入院後、学校に行くと、早速富樫が寄ってきた。幸い、今度は別のクラスだった。だから、休み時間しか会えない。 「お前、不死身だなぁ」と言うのが、挨拶のようなものだった。 その後で、「剣道部に入部の手続きはしておいたからな」と言った。 「おい…

小説「僕が、剣道ですか? 7」

十一 ベビーベッドにはききょうがいた。枠に掴まって立っていた。京一郎も起きていた。きくは京一郎に哺乳瓶からミルクを与えていた。 今は午後九時だった。 ネットで黒金金融の電話番号を調べた。電話したが、当然誰も出ない。 だったら、行くしかなかった…

小説「僕が、剣道ですか? 7」

十 一週間が過ぎるのは、長かった。その間に、富樫と沙由理が見舞いに来た。 富樫は相変わらずだった。 「この不死身野郎が」と言って、いきなりヘッドロックをしてきた。 「一応、入院中なんだけれどな」と僕が言うまで止めなかった。富樫のヘッドロックも…

小説「僕が、剣道ですか? 7」

九 僕は病院のベッドの上にいた。 僕が呻くと「京介」と母が僕を呼んだ。僕は母の顔を見た。 母はナースコールを押した。すぐに看護師が来て、僕を見て「先生を呼んできます」と言った。 僕は母に「携帯を持っている」と訊いた。母は頷いた。 「僕の部屋にき…

小説「僕が、剣道ですか? 7」

八 月を見る。まだ三日月だから、満月までに間があった。 家のことはすでに大家に話して、借主が風車大五郎に替えてあったが、大家には僕が今月中に田舎に戻ることになったが今まで通り頼みますよ、と念を押しておいた。 「叔父が亡くなったので、その後を継…

小説「僕が、剣道ですか? 7」

七 夕餉の後、僕は風車、ききょうを抱いたきく、みねがいるところで、「今夜、決行します」と言った。 風車が「どうしてもしなければならないことなんですね」と言った。 僕は頷いた。 そして、風呂場に行ってちょっとした準備をした。それは、ビニール袋に…