2023-02-01から1ヶ月間の記事一覧

小説「真理の微笑 真理子編」

二 「じゃあ、行ってくる」 富岡はいつものように片手を振り、車を出した。これから蓼科の別荘に向かうのだ。 「あなた、気をつけて」 真理子の声は上ずっていた。 もうこれで運命は変えられない。 走り出した車を見送って真理子は思った、これでいいんだわ…

小説「真理の微笑 真理子編」

次回は、2月7日火曜日にアップの予定です。

小説「真理の微笑 真理子編」

真理の微笑 真理子編 一 ボンネットを閉じた。 これで全ては終わった。後は富岡がこの車に乗って蓼科の別荘に向かえばいいだけだった。ブレーキに仕掛けた細工が、あの急カーブの坂のどこかでブレーキを利かなくさせ、その結果、車は崖下に転落するだろう。 …

小説「真理の微笑」

七十六 全てが順調すぎるほど順調だった。 九月のその日も真理子の焼くパンケーキの香りが心地良く漂ってきていた。 赤ちゃんは私の車椅子の隣のゆりかごの中で眠っていた。 この幸せが永遠にでも続いてくれたらいいだろうに、と私は思った。このまま私が富…

小説「真理の微笑」

七十五 三月になった。役員会も済み、必要な手続きを経て、企業決算も無事に終わった。 トミーワープロはその後も順調に売れ続けた。昨年のビジネスソフト売れ行きナンバーワン賞を某出版社から授与された。その授与は、某ホテルの会場で行われた。私はスピ…

小説「真理の微笑」

七十四 ベッドの中で私はなかなか勃起しなかった。今日の事が頭から離れなかったからだ。 今、私がここにいるという事は、真理子が富岡を殺そうとして果たせなかった事になる。とすれば真理子はどう思っているのだろう。今でも私を富岡だと思っているのだろ…

小説「真理の微笑」

七十三 早く帰ってきた私に真理子は驚いて、「どうしたの」と訊いた。 「少し疲れているんだ」と応えると「それならベッドで休んだら」と言った。 「いや、そうもしていられない。気にかかる事があるんだ」 つい、口に出してしまった。しまったと思った。 「…

小説「真理の微笑」

七十二 一月もトミーワープロの売れ行きは好調だった。社内も正月気分が抜け、春に発売予定されているトミーCDBの発売に向けて、着々と準備が進んでいた。 二月になった。 社長室に入ってすぐに長野から刑事が面会に来ていると秘書室の滝川が伝えてきた。…

小説「真理の微笑」

七十一 帰るために会社に迎えに来た真理子は車を出すと「書店に寄ってもいい」と尋ねた。 「構わないよ」と私は答えた。 真理子が書店に私の車椅子を押しながら入っていくと、赤ちゃんの名前の付け方の本が並んでいるコーナーに連れて行かれた。 真理子は目…

小説「真理の微笑」

七十 由香里は出産して一週間後に退院した。私はあいにく手が離せない用事があったので、病院には高木に行ってもらう事にした。会計は高木が済ませて、由香里を自宅までタクシーで送り届けてくれていた。 こちらの用事が済んだので、由香里に会いに自宅まで…

小説「真理の微笑」

六十九 十九日になって由香里が出産した。 陣痛がきたからこれから病院に行くという電話が、午前中の会社にいた私宛に由香里からあった。私は急ぎの仕事を片付け、高木に後の事を任せて病院に向かったが、電話から四時間ほどは経っていただろうか。病院に着…

小説「真理の微笑」

六十八 次の日は、昨日の新年会の興奮がまだ社内に残っていた。あの後、飲み会に行った者も多かったに違いない。カラオケをやり過ぎて私のようにガラガラの声で挨拶する者もいた。 社長室に入ると、真理子は「また迎えに来るからね」と言って帰っていった。 …