小説「真理の微笑」

七十一

 帰るために会社に迎えに来た真理子は車を出すと「書店に寄ってもいい」と尋ねた。

「構わないよ」と私は答えた。

 真理子が書店に私の車椅子を押しながら入っていくと、赤ちゃんの名前の付け方の本が並んでいるコーナーに連れて行かれた。

 真理子は目の届くところの本を取り出しては、いろいろと見ていた。私は、手の届くところの本を見た。その本の帯には「子どもの名前は一生もの! そして、親からお子さんへの初めてのプレゼント」と書かれていた。

 由香里の子の出生届は今日出してきた。しかし、その名前は由香里が考えたものだった。私には富岡の子に名前をプレゼントする義理はなかった。

 真理子は何冊かを籠に入れると、レジに持って行った。

 

 家に帰ると、それらの本の入った袋をリビングのテーブルに置き、真理子は夕食の準備に取りかかった。

「後で一緒に見ましょうね」と、真理子は言った。だが、私はすでに袋を開いて、何冊かパラパラとめくっていたので「分かった」と言い、慌てて本を袋に戻した。

 夕食の後、二人で本を見た。

「男の子だったら、勇ってのはどお」

「勇か、勇ましい名前だね」

「あなたが修だから、おといを入れ替えたらそうなったの」

「おい、こらっ」と私が軽く手を上げると、「うふふ」と真理子は逃げるような振りをした。そして「ゆういち、っていうのもいいよね」と言った。私はゆういちという呼び方から、すぐに祐一を連想して「それはない」と言った。そして、真理子を見た。今のは偶然なのか、と思った。

「どうせ、勇ましいのなら、たけるがいいんじゃないか」

「どう書くの」と言うから『猛』と、本のページの余白に書いた。

「なるほどね。じゃあ、女の子だったら」

「九月生まれだよね。えり、とか」

 やはり「どう書くの」と訊くから、私はさっき書いた余白の隣に『恵梨』と書いた。

「富岡恵梨か。あっ、だったら富岡恵梨香の方がいいんじゃない」

「どっちでもいいよ。まだ、先は長いんだ。ゆっくり考えればいい」

「そうね」