小説「僕が、剣道ですか? 4」

十三

 しばらくすると、木村彪吾が城から馬で屋敷に帰ってきた。

 戌の刻までには、二時間ほどあった。稲荷神社がどこにあるかは知らないが、さほどの猶予はなかった。

 木村彪吾が客室にやってきた。

「息子がさらわれ申した。鏡殿なら、どうなされるか」と訊いた。

「私なら、一人では行きません」

「でも一人で来いと言ってきております」と言うので、「供の者を一人ぐらい連れて行っても構わないのではないでしょうか」と言った。

「でも……」と言うので、「ではこうしましょう。私は隠れて付いていきます。相手には絶対に気付かれない自信はあります」と言った。

「そうか、ならばそうして頂くか」

「はい」

 

 稲荷神社までは一里半の距離があった。

 木村彪吾は馬に乗り、僕は走って行くことにした。草履や着物では走りにくいので、ジーンズと安全靴を履いて行くことを許してもらった。

 着物は端折って行くことにした。

 木村彪吾は気が急いているせいか馬を飛ばして行くので、僕は走って追いかけるのがやっとだった。

 稲荷神社に着いた時には、戌の刻までにはまだ少し時間があった。

 僕は近くの藪に隠れた。周りを見渡した。

 所々に人影が見える。

 彼らに気付かれぬように注意しながら。境内の裏手に回った。

 そこに、虎之助とそれを捕らえている者たちを見付けた。十数人いた。

 神社の周りにいる者と合わせると二十人ばかりだろう。

 木村彪吾は馬を木に繋ぎ、境内に上る階段を上っていった。

 木村彪吾が境内に入ると、虎之助を捕らえていた者たちが境内に姿を見せた。

 虎之助は縄で縛られていた。そして、手ぬぐいで猿ぐつわをされていた。

「お前一人か」と一人の者が言った。そいつが虎之助を捕まえている一味の頭なのだろう。

「見ての通り、一人で来た」と木村彪吾は言った。

「それは殊勝なことだなぁ」とそいつは言った。

「息子を離せ」と木村彪吾が言うと、「刀を捨てろ」とそいつは言った。

 木村彪吾が両差を捨てると、一人の者がその二本の刀を取りに行った。

「言った通りにしたぞ。息子を帰せ」と木村彪吾が言うと、「そらよ」と虎之助を捕らえていた綱を放した。虎之助は縛られたまま、木村彪吾の元に走った。

「息子は帰したぞ」と頭の者が言った。

「では、帰らせてもらう」と木村彪吾が言うと、頭の者が「それじゃあ、何のために息子を拐かしたのか、意味が無いじゃないか」と言った。

「どういうことだ」と木村彪吾が言うと、頭の者は「息子共々、ここで死んでもらう」と言った。

「約束が違うぞ」と木村彪吾が言うと、頭の者は「そんな約束をした覚えはない」と言った。そして、「者ども、抜かるなよ」と言った。

 周りにいた者は、刀を抜いた。

 刀を奪われた木村彪吾に勝ち目はなかった。

 その時だった。僕が刀を抜き、背後から二人を斬った。そして、その者の刀を奪うと、木村彪吾に渡した。木村彪吾は刀を抜くと、息子が縛られている縄を切った。

「やはり一人では来なかったか」と頭の者が言った。

「他にもいるかも知れん。探せ」と言った。

 しばらくすると、「他には見当たりません」という答えが返ってきた。

「ほう、おぬしたちだけか。それなら、これまで通りだ。斬り捨てろ」と叫んだ。

 その声が叫び終わらぬうちに、僕はまた二人を斬り、木村彪吾たちの近くにいた三人を斬り捨てた。

 相手は円陣を組んだ。数えると、頭の者を加えて、十四人いた。

 まず後ろの者、二人を袈裟斬りにした。そして、その両脇の者は腹を突き刺した。

 前に戻り、頭の者の両隣の者の腹を切り裂いた。頭の者は逃げられないように、右足を斬った。円陣は崩れた。僕は一人も逃がすつもりはなかった。

 残りの者も腹を突き刺し、手足を斬った。そしてとどめを刺していった。

 頭の者が右足を切られただけで、死んではいなかった。

 僕と木村彪吾がその者のところに行くと、小刀を出して自害しようとしていた。僕はその小刀を刀で払った。

 木村彪吾が「誰に頼まれた」と訊いた。頭の者はさすがに「答えるものか」と言った。

 僕は左足に刀を刺し、「これを回すと死ぬより痛いぞ」と言った。

「どうせ、殺すつもりなんだろう。だったら、早く、殺せ」

 僕は刀を少し回した。頭の者は呻いた。

「ああ、殺すさ。だが、簡単には殺しはしない。誰に頼まれたか、吐け」と言って、また少し刀を回した。

 頭の者の苦しみようは尋常ではなかった。

「わかった。言う。言うから止めてくれ」と頭の者が言った。

「誰だ」と木村彪吾が訊くと、「若年寄の佐野五郎様だ」と言った。

 木村彪吾が「やはりな」と言った時、僕は頭の者にとどめを刺していた。

 虎之助が走り寄ってきた。

「怖かったであろう」と木村彪吾は父親らしい言葉をかけていた。

「これをどうします」と僕は境内に倒れている者たちを指して言った。

「明日、役人を呼んで調べ、その後片付けさせます」と言った。

「鏡殿には、お助け頂きかたじけのうございます」と続けた。

「いやいや、これしきのこと」

「噂に違わず、凄腕でございますな」と言った。

 

 屋敷に戻ったのは、午後十時頃だった。

 さすがに夕餉には遅い時間だったので、おにぎりが作られていた。きくは夕餉をとり、風呂にも入ったと言う。

 僕はおにぎりに齧り付き、三つほど食べると「風呂に入りたいのですが」と木村彪吾に言った。

「あれほどの斬り合いをされたのだから、さぞかし返り血も浴びていましょう。どうぞ、お入りください」と言われた。

 僕は早速、タオルとトランクスと折たたみナイフと、下駄を持って風呂に行くと、手ぬぐいと浴衣が用意されていた。

 肌着とジーパンと安全靴を脱ぐと、安全靴は外側を手ぬぐいで洗い、肌着とトランクスとジーパンは桶に浸けて何度も洗った。

 それから、頭と躰を洗うと、折たたみナイフで髭を剃った。

 新しいトランクスを穿くと、タオルと洗ったトランクスと肌着とジーパンと安全靴と折たたみナイフを持って、湯屋を出た。

 明るい三日月が空に浮かんでいた。

 トランクスと肌着とジーパンは掛け竿にかけて干した。安全靴は縁側の下に置いて乾かすことにした。

 部屋に入ると、きくが「廊下に木村彪吾様がいらしているの」と言った。

 僕は襖を開けた。木村彪吾は僕の顔を見ると、「今日は息子をお助け頂きありがとうございました。一言、御礼を言ってから寝ようと思いまして」と言った。

 僕は「ご丁寧な御礼の言葉に恐縮次第です。今宵はゆっくりと休まれるとよろしいでしょう。明日、城中に行けば、何事が起こるやも知れませんからね」と言った。

「全くです。では、おやすみなさい」

「おやすみなさい」

 

 布団に入ると、今夜あった出来事をきくに聞かせた。

「そうだったんですか。では、今夜は勘弁してあげます」と言って、きくは自分の布団に入って行った。