小説「僕が、警察官ですか? 3」

 鑑識は家の内部の焼け具合が激しいことから、火元は最初は天麩羅鍋の油が燃え出したものと考えた。それと、もう一つは居間の新聞である。居間も激しく燃えていた。そこには新聞紙が積み上げられていた。煙草の吸い殻も見つかった。ここも火元と見られた。しかし、外のゴミ箱が焼けていることが捜査陣の判断を狂わせた。ここも灯油がかけられて、マッチで火がつけられていた。そして、そのゴミ箱のすぐ横に家があり、火はその木の壁に燃え移った。その火が家を燃やしたと最終的に判断したのだった。

 犯人が喜八であるとは、誰も疑ってはいなかった。

 僕がそのことを知ったのは、三日後だった。捜査一課から、監視カメラの録画映像が届けられた時だった。録画されているDVD--RAMを持ってきた刑事は、この中から「前回と前々回と同じ人物が写っていないか、確認してください」と言った。

 僕がその刑事に「犯人はまだ分かっていないのですか」と訊くと、「はい。残念ながら、そうです」と答えて帰って行った。

 僕はDVD--RAMの山を見ながら、この中に犯人がいるはずがないじゃないか、なぜなら、犯人は喜八なんだから、と思った。

 しかし、捜査一課はそうは思っていない。僕が犯人は喜八だと主張しても一笑に付されるだけだった。捜査は証拠がすべてだった。あやめの映像は証拠としては使えなかった。

 ほかに確たる証拠を見付けるしかなかった。

 しかし、一方でそれでいいのではないか、という気持ちもあった。犯人が分からないまま、この連続放火事件を終結させるのも悪くないのではないか。そうすれば、あの可哀想な喜八を犯人にすることもない。それで終結させてもいいではないか。すべて明らかにするのが、警察のすることなのか。もう事件は終わったのだ。これで終わりにすればいい。そう、僕はどこかで思っていた。

 僕は滝岡を呼んだ。そして、DVD--RAMの山を見せて、「この映像をパソコンの中に取り込んで、二月二十六日と三月二十八日の映像と照合してくれ。同じ人物が映っていないかを」と言った。

「わかりました。やってみます」と滝岡は言った。

 僕は意気揚々と去って行く滝岡の後ろ姿を虚しく見ていた。

 

 定時に退署して家に帰った。きくと京一郎が出迎えてくれた。

「ききょうは」ときくに訊くと、「クラス委員会があって、少し遅れて帰ってくるそうです」と答えた。

「ききょうはクラス委員になったのか」と僕が訊くと「話してなかったですか。先々週、投票の結果、クラス委員になったそうです。今日が最初の委員会だそうです」と答えた。

 聞いていたのかも知れないが、放火事件のことを考えていて忘れたのだろう。

 きくに着替えを手伝ってもらい、僕は京一郎と風呂に入った。

 浴槽の中でも考えた。真実は闇に葬られるが、これが一番いい結果なのだと、思った。喜八もそれを望んでいたではないか。

 僕は先に出ていた京一郎の後から風呂から上がると、ダイニングルームに行ってビールを飲んだ。苦い味がした。

 

 次の日に安全防犯対策課に行くと、滝岡がすぐにやってきた。

「解析結果が出ました」と言った。

 僕は椅子に座ると、「話してくれ」と言った。

「前回の解析では、三十五人がヒットして、その中で十七人はあの地区の住人でした。そして、残りの十八人は、あの辺りに良く飲みに来ている客でした。今回の解析では、前回ヒットした十八人のうち、三人がヒットしたんです」

「ということは」と僕が言うと、「この三人をまず取り調べるべきだと思いますね」と滝岡は言った。

「分かった。それを書類にしてくれ」と言うと、「もうできてます」と滝岡は言った。

「そうか」と言うと、僕は緑川を呼んで、滝岡から聞いた話をした。

「そこで、これから捜査一課まで、滝岡と一緒に行って、今の件について説明してきてもらいたい」と言った。

 緑川は「わかりました」と言って、滝岡と安全防犯対策課を出て行った。

 二人を捜査一課に行かせたのはいいが、僕はその三人の中に犯人がいないことを知っている。しかし、捜査一課はこの情報に飛びつくことだろう。捜査が迷走し出したことを知っているのは、僕だけだった。

 しばらくして、緑川と滝岡が戻ってきた。滝岡は自分の席に着き、緑川が僕のデスクにやってきた。

「報告します。まず、ご苦労様でした、と言われました。そして、その三人を特定するそうです。そして、特定できたら、任意で引っ張ってきて、事情聴取するそうです」と言った。

「そうか。分かった。ありがとう」と僕は言った。

 

 お昼になった。僕は愛妻弁当と水筒を持って、屋上のいつものベンチに座った。

 今日は、鮭のふりかけでハートマークが作られていた。周りに誰もいないのを確かめると、僕はゆっくりと弁当を食べた。

 

 午後になった。捜査一課の方は忙しそうだったが、安全防犯対策課はのんびりしたものだった。そんな時に、捜査一課の矢崎刑事が僕のところにやってきて、大量のDVD--ROM(ROMは一度データを書き込むと、データを書き換えることができない媒体である)を置き、「これは前回と前々回の現場を見に来た者の映像と、携帯で事件前後を撮っていた者が持っていた映像を集めたものです。この中から、先程の三人がいるか、確認してください」と言った。

「分かりました。やっておきます」と僕は言った。

 当然、滝岡を呼んで、大量のDVD--ROMを渡して、「例の三人が映っているか、照合して欲しいそうだ。大変だろうが、やってくれ」と言った。

「ひゃー、こんなにですか。わかりました。やります」と言って、大量のDVD--ROMを持って行った。

 僕だけが、それが無駄な作業だと知っていた。しかし、警察は組織で動く。やれと言われたことは、やらないわけにはいかなかった。

 この時の僕には、この作業が徒労に終わると思っていた。犯人は喜八なのだから、無駄な作業だと思っていた。

 しかし、違っていた。

 滝岡は、あの大量のDVD--­­ROMの中から、三人のうち、一人を見つけ出した。

 上気した顔で、滝岡は僕のところに報告に来た。そのDVD--­­ROMを持ってこさせて、緑川を呼んだ。

「これを持って、捜査一課に行ってくれ。説明は滝岡がしてくれ」と僕は言った。

 二人は「わかりました」と言って、捜査一課に向かった。

 捜査一課が色めき立つのが、見えるようだった。