小説「僕が、警察官ですか? 3」

十一

 滝岡は、「何ですか」と言いながらやって来た。

 僕はディスプレイの静止画を見せて、「この男の横顔と戸田喜八さんの横顔を照合してみてくれないか」と言った。

「この男、帽子を被り眼鏡をしていますよね。素顔ならかなりの確率で照合できますが、どうですかね。難しいかも知れませんよ」と滝岡は言った。

「そこをなんとかやってみてくれ」と僕は言った。

「まあ、やるだけやってみます」と言って、滝岡は席に戻っていった。

 僕はhenso0226.***とhenso0328.***の二つのファイルをもっと早く見ておけば良かったと悔いた。

 両方のファイルとも放火前後の喜八が映っている。監視カメラの映像から、時間的に放火前と放火後の映像だと分かる。僕は二つのファイルから静止画をプリントアウトして、報告書を書いていた。

 そのうち、滝岡が「ピンポーン」と叫んだ。

「どうしたんだ」と言うと、「例の横顔ですが、八十五%の確率で一致しました。今shogo01.***というファィルを送りますね」と言った。

 そして、滝岡が僕のデクスにやって来ると、「shogo01.***のファィルを開いてみてください」と言った。僕はshogo01.***のファィルを探して見つけ出すとクリックした。

 すると、喜八の横顔と静止画の男の横顔が並んで映し出された。しばらく見ていると、それが重なり合って、顔の下の部分の輪郭が一致しているのが分かった。画面には、一致率、八十五%と表示されていた。僕はそこで止めて、プリントアウトした。そしてもう一枚、喜八の横顔と静止画の男の横顔が並んで映し出されている画像もプリントアウトした。

「よくやった」と滝岡に言った。

「帽子と眼鏡をしていますが、八十五%というのは、なかなかの確率ですよ」と滝岡は言った。

「特に確率を上げているのは、この顔のところの黒子です」と滝岡は言った。そして、画面のその部分を指で指した。

「ディスプレイで見る限り、ゴミが映り込んでいるように見えますが、拡大すれば黒子だとわかります。そして、二つの顔を合わせると、その黒子の位置が一致するんですよ。これで、この二人が同一人物であることが、かなりの確率で判明したわけです」と言った。

「そうか。ありがとう」と滝岡に言った。

 滝岡は満足そうに席に戻っていった。

 僕は急いで残りの報告書を書き上げると、緑川に「署長室に行ってくる」と言って、安全防犯対策課を出た。

 手には書き上げたばかりの報告書をファイリングして持っていた。

 

 署長室のドアをノックした。

「どうぞ」と言う声がした。

「失礼します」と言って、僕は中に入った。

「なんだ、鏡君か」と署長は言った。

 僕は署長の座っているデスクの前に行き、報告書を差し出した。

「何だ、これは」と署長が言った。

「連続放火事件についての私の見解です」と言った。

「それは捜査一課二係がやっている事件ではないのか」と署長は言った。

「分かっています」

「すでに被疑者は逮捕されて、取調を受けている」と署長は言った。

「知っています」

「それに何か疑問でもあるのか」と署長は訊いた。

「はい、あります」と答えた。

「どういう疑問だ」と訊いた。

「山田は犯人ではありません。犯人は別にいます」と答えた。

「なんだって」と署長は言った。

「ですから、犯人は別にいると言ったのです」と言った。

「今更、山田が犯人ではない、はないだろう」と署長は言った。

「とにかく、報告書を読んでください。それから判断してください」と言った。

 署長は報告書を手に取ると、引き裂いた。そして、ゴミ箱に捨てた。

「君の報告書を読む気はない。そもそも君にはこの件に関して、捜査権はないはずだ。横からの口出しは無用だ。帰りたまえ」と言った。

「分かりました」と言って、頭を下げると、署長室を出た。

 時間を止めた。ズボンのポケットのひょうたんを叩いた。

「はーい」と言うあやめの声がした。

「今のが署長だ。彼が何を考えているのか、読み取ってきてくれ」とあやめに言った。

「わかりました」とあやめは言った。

 誰もいない廊下に立っていた。しばらくして、ズボンのポケットのひょうたんが震えた。

「読み取ってきたか」と訊くと「ええ、読み取りました」と答えた。

「映像を送れ」と言った。

 目眩とともに映像が送られてきた。量は多くはなかった。すぐに治まった。

 僕は時間を動かすと、歩き出した。歩きながら映像を再生した。

 署長は憤慨していた。

『あの若造、何を考えているんだ。キャリア組だからといって、何でも通るとでも思っているのか。今、捜査一課二係が汗水垂らして、頑張っているのに、それに水を差すような報告書を持ってくるなんてとんでもない』と思っていた。

 そして、本ボシが山田であることを疑ってはいなかった。

 

 僕は安全防犯対策課に戻り、椅子に座った。時計を見ると、退署時間を十五分も過ぎていた。ズボンのポケットからひょうたんを出すと鞄に入れた。

 そして、鞄を持つと「お先に失礼する」と言って、安全防犯対策課を出た。

 家に向かって歩きながら考えた。署長に報告書を上げたが、それは読まれることもなく、破り捨てられた。これ見よがしに目の前でやって見せたのだ。もはや、署長に訴えても、この件は取り上げてくれないだろう。どうすればいいんだ。

 

 家に帰ると、きくが嬉しそうな顔で出迎えてくれた。何だろうと思った。

「あなた、二ヶ月ですって」ときくが言った。

 二ヶ月、と言われてすぐに反応できなかったが、昨日、お医者さんに行くと言っていたのを思い出した。

「できたのか」と言うと「はい」と答えた。

「お医者さんの診断書ももらい、もう区役所にも行って、妊娠の届出をして母子手帳をもらってきました」と言った。

「素早いな」と言うと「お義母様がいろいろと教えてくれたんです」と言った。

 そして母子手帳を見せた。

「後で、これにあなたの名前を書いてくださいね」と言った。

「分かった。それでいつ生まれって」

「十二月二十九日だそうです」と言った。

「年末だなあ」と僕は言った。

「前後するかも知れないと言ってましたから、元日に生まれるかも知れませんね」と言った。

「そうすると、きくと同じ誕生日になるな」

「そうなんですよ」ときくは言った。

「そりゃあ、大変だわぁ」と僕が言うと、「めでたいことが重なっていいじゃあ、ありませんか」と言った。

「それもそうだな」と言った。

「そうなると嬉しいな」ときくは言った。

「そうなりそうな気がしてきた」

「そうですか」

「うん」

 きくは嬉しそうに笑った。