小説「僕が、警察官ですか? 1」

 僕は一旦、映像から離れた。時計を見ると、午後十一時半だった。すぐに交番に戻った。

 交番には、中年の男性が来ていた。

「ちょうど、良かったぁ」とその男性は言った。

「あなたは」と僕は訊いた。

「中西徹です。千人町二丁目に住んでいます」

「どうされました」

「近くのアパートでとても大きな物音がして、男性の大きな声が聞こえてきたので知らせに来たんです」と言った。

「分かりました。じゃあ、一緒に行きましょう」と僕は『パトロール中です』の掲示板をそのままにして、その男性について行った。

 千人町二丁目はすぐ近くだった。

「ここです」と男性はアパートの一階の二番目の部屋を指さした。

「ここにいてください」と言うと、僕はそのアパートの部屋をノックした。

 中に誰かがいた。すぐに出てこなかった。また、ノックした。

「こんな夜中に誰」とドアを開けたのは、頭にタオルを当てていた女性だった。

 僕は制服を着ていたが、顔と身分を示すために警察手帳を見せて、「千人町交番所の鏡京介です。一応、中を検めさせていただきます」と言った。

「散らかっているわよ」と女は言った。奥の部屋に男が倒れているのが見えた。僕は急いで靴を脱ぐと中に入っていった。倒れていたのは、褐色の肌の男で、泥酔して眠っていた。怪我をしている様子はなかった。それを確認すると、僕は女に「夜中は騒がないように」と注意をした。

「そんなことわかってるわよ」と女は言った。

 僕は靴を履くと、「じゃあ、これで失礼します」と言うと、「本当に失礼よね」と女は言ってドアを閉めた。

 待っていた中西という中年の男性に「夫婦喧嘩のようでした」と言った。

「そうですか。でも、あの部屋はいつもうるさいんですよ」と愚痴を言った。

「そうでしょうね」と僕は言った。あの褐色の肌の男は東南アジア系に見えた。日本人とは違って、生活習慣も異なるのだろう。

 アパートを出たところで、中西にノートにサインと連絡先を書いてもらって別れ、交番に戻った。『パトロール中です』の掲示板を交番の中に入れて、交番の中の机の椅子に座ると、日誌に午後十時からパトロール、そして、午後十一時四十分に中西徹が来て、その苦情に対応したことを書いた。

 

 一段落がつくと、映像を再生した。あやめの言ったように石井和義だけの霊気が見えるわけではなかった。それに関係する者の霊気も見えた。

 石井は眠らされると、奥の部屋のベッドに寝かされた。

 体格のいい男は飯島明人という名前だった。後部座席に座っていたのが、中本伸也で、奥のデスクに座っていた中年の男性が興津友康だった。三人とも広域暴力団関友会、高橋組の構成員で、滝沢興業株式会社の社員になっていた。

 飯島明人は中本伸也に言われるままに動いていたのに過ぎなかった。

 中本伸也は、興津友康から、石井がどこまで真相を知っているのかを聞き出すことと、少なくとも一週間は監禁しておくことが指示されていた。

 興津友康は石井和義を生かしておくつもりはなかった。どこかで殺すつもりだった。それも広域暴力団関友会に楯突いている黒金組の今や特攻隊になっている近藤組を抑え、かつ、その近藤組にすり寄っている高木工業株式会社の常務中林昭之に、このままでは次はお前だぞというように見せつけるためだった。この時点では、いつ殺すのか、死体をどうするのかまでは考えていなかった。

 中本は石井が起きると、トイレに行かせて、その後に、どこまで知っているのかを石井に訊いた。石井は知らないと言って泣くばかりで、帰してくれと怒鳴った。そして、睡眠剤入りのペットボトルを渡された。何も食べさせてもらえない石井は水を飲むより他にしようがなかった。ほどなくして石井は眠った。一週間この繰り返しだった。

 一週間が過ぎて、八日目になった。事態が動いたのはこの時だった。衰弱した石井は飯島に紐で絞殺された。そして全身に掃除機をかけられた。髪の毛などの付着物をなくすためだった。それだけでなく、磨いた石井の腕時計の表面のガラス板に近藤組の前川の指紋を付けたのだった。これは、前川が飲みに行っているバーで彼の使ったコップからプラスチックの特殊な用紙に指紋を採り、それを石井の腕時計の表面のガラス板に移したのだった。それだけではなかった。前川の名刺を破り捨てたものの破片を石井のズボンの裾の折り返しに差し込んでいた。一見すれば、破り捨てた名刺の破片がゴミ箱に入らずに、ズボンの裾に入ったと思われるように細工したのだった。

 石井の爪まで綺麗にし、高橋組が関わっている証拠はすべて消した。残っているのは、近藤組の前川の指紋と名刺の断片だけだった。

 後は、死体がすぐに発見されるように遺棄するだけだった。石井が殺されたことは、高木工業株式会社の常務中林昭之にはショックなはずだ。それが狙いだった。

 その効果を狙って西新宿公園が選ばれた。

 人気のなくなる夜中に近くまで運び、前もって掘っておいた穴に埋めた。それが死体が発見される前日の深夜だった。

 そして思惑通りに死体が発見されたのだった。

 

 僕は映像を見終わって、時計を見た。午前〇時五十分だった。すぐに日誌を取り出して、その後何もなかったことを書いていると、赤木巡査が来たので簡単にあったことを話して、西新宿署に向かった。西新宿署の担当者に報告すると、制服から私服に着替えて家に帰った。

 家に帰ったのは、午前二時半だった。明日は午前一時に西新宿署に行った後、交番勤務になる。

 家に戻るときくは起きていた。

 僕が風呂に入ると、夜食を用意してくれていた。ビールを飲みながら、夜食を食べた。

 交番では夕食らしいものは、食べていなかったから、美味しかった。

 映像は生々しかったから、映像のことはしばらく忘れることにした。

 あやめは映像を僕に渡した後、「今日はご褒美をくださいね」と言った。

「ご褒美って何だ」とあやめに訊いた。

「その時になったら、わかりますよ。おきくさんが眠ったら、わたしを別の部屋に連れて行ってくださいね。その時、時間を止めておいた方がいいですよ」と答えた。

 午前四時頃ベッドに入り、僕はきくが眠るのを待った。きくが眠ったので、時間を止めて、机の引出しに入れておいたひょうたんを持ってダイニングルームに行った。すると、あやめが現れた。白い着物を着ていた。そのまま口づけをした。舌が絡まってきた。着物を着ているのに、そして長ソファの上で、僕もパジャマを着ていたが、関係なくあやめと交わった。まるで裸で交わっている感じだった。もの凄い快感に包まれた。僕はあっけなく射精していた。それをあやめが吸い取っていた。射精は長く続いた。躰が汗ばんできたが、それもあやめの手で吸い取られていった。あやめはなかなか僕を離してくれなかった。僕も離れることができなかった。躰中の精力を吸い取られたと思った時、あやめは離れた。

「良かったでしょう」とあやめは笑いながら言った。

「これじゃあ、身が持たない」と僕は言った。

「主様なら大丈夫ですよ。沢山の悪霊に取り憑かれても平気なんですから」とあやめは言った。

「今も悪霊に取り憑かれているのか」と僕が訊くと「ええ、沢山取り憑いていますよ」とあやめは答えた。

「取り除けないのか」

「悪霊といっても主様を慕っていますよ」とあやめは言った。

「そうなのか」

「ええ。そうでなければ、悪霊に主様は取り殺されています。わたしは悪霊からも精気を吸っていますから大丈夫ですよ」とあやめは言った。

「そういうものなのか」と僕は言ったが、自分の言ったことの意味さえも分かってはいなかった。

 あやめと交わり、射精もしたので、僕はシャワーを浴びて躰をバスタオルで拭いた。それから下着を着替えて、パジャマを着た。

「そんなことしなくても良かったんですよ。全部綺麗に吸い取りましたから」とあやめは言った。

「やっぱり気になるじゃないか」と僕は言った。

「そうですか。では、わたしはひょうたんに戻りますね」とあやめは言って消えた。

 ひょうたんの栓をして、僕は自室に入り、机の引出しにひょうたんを入れた。

 そして、ベッドに入り、時間を動かした。

 

 正午に起きた。

「よく眠っていらしたので起こしませんでした」ときくが言った。

「そうか」

「お昼になりましたね」

「そうだね」

「軽いお食事になさいますか。それともボリュームのあるものを食べますか」と訊いた。

「あまり、お腹は減っていないので、軽いのにしてくれ。その代わり、おやつにパンケーキが食べたいな」と言った。

「わかりました。それでは、カニサラダとバジルソースのスパゲッティにしますね」と言った。

「レストランに来たみたいになっているな。それなら、また連れて行くよ」と僕が言うと「レストランですか。今度はどんなところですか」ときくが訊いた。

「今までイタリアンが多かったから、今度、連れていくとしたら、レストランではないが和食にしようか」と僕は答えた。きくのレパートリーが増えるのは、都合がいいことだと思ったのだ。

「嬉しいです。楽しみにしています」ときくは言った。