小説「僕が、警察官ですか? 1」

 家に戻ると、きくとききょうと京一郎が出迎えてくれた。

 すぐに風呂に入った。ききょうと京一郎も一緒に入った。

「プリントはもうやったのか」と訊いた。

 京一郎は「うん、やった」と言った。

 ききょうは「まだ、半分残っている」と言った。

「そうか、お風呂から出たら、夕食前に済ませておくんだな」と僕はききょうに言った。

「はーい」とききょうは言った。

 

 風呂から出て、テレビをつけ、ビールを飲んだ。

 マスコミの報道は、覚醒剤の芸能界への広がりに注目していた。

 この件では、西新宿署の二課も対応に追われていた。帰りの報告の時も、二課が忙しそうだった。

 当面はこの報道が続くだろうな、と思った。石井和義の殺害の方は進展がないから、警察にしてみれば、覚醒剤の報道に隠れて、そっちは追求されないので、都合がいいのかも知れなかった。

 

 夕食は煮物に豚汁だった。

 明日は午後五時から午前一時までの勤務だったから、今日はゆっくりできる。

 ベッドに入ると、背中にきくが躰を寄せて来た。僕は反転して、きくを抱き留めた。それから、きくと久しぶりに交わった。

 終わった後、シャワーを浴びた。

 ほどよい疲れが眠りに誘っていった。

 

 午前十時頃起きた。

「ぐっすり眠っていたので、起こしませんでした。朝食にしますか」ときくが訊いた。

「いや、お昼と一緒でいい」と答えた。

 お腹は空いていなかった。

 

 録画してあったニュースを見た。

 覚醒剤の受け渡しに高校生が関与していたことが、大きく報道されていた。

 関与していた高校生の知人にインタビューがされていた。

「バイト感覚でやったんじゃないですかね。荷物の受け渡しのバイトをしている人は何人かいますよ。それと同じだったんじゃないのかな。覚醒剤と知っていたら、そんなことしませんよ。そんな奴じゃないですから」と言っていた。

 顔は隠れていたが、制服がちらっと映った。黒金高校だと分かった。

 前川は高校生に渡し役をやらせていたのか、と思った。石井和義の件は冤罪でも、覚醒剤は質が悪い。それも高校生を使っていたのなら、捕まっても当然だな、と思った。

 

 昼食をきくととって、少し仮眠した。

 午後四時になったので、起きて着替えた。

 午後四時半に家を出た。午後五時前に西新宿署に着いた。制服に着替えて、係員から指示と報告を受けた。

 それから千人町交番に向かった。交番に着くと、保多巡査から引継ぎを受け、勤務に入った。

 午後九時頃、パトロールに出ると、千人町三丁目の歩道で言い争っているカップルがいたので、注意した。それ以外は何もなかった。

 午前〇時に交番に戻った。

 静かなものだった。

 午前一時半に北村巡査が来たので、引継ぎをした。

 そして西新宿署に向かった。係員に報告をして、制服から私服に着替えた。

 その時、携帯電話が鳴った。取ると北村だった。

「渋谷で発砲事件があり、今、犯人が逮捕され、北渋谷署に向かったそうです」という連絡が来た。

「そうですか。知らせてくれてありがとう」と言って切った。

 発砲事件は警察としては重大な事件だった。単発的なものなのか、そうでないのか。今回の覚醒剤との絡みがあるのかないのか、いろいろな要素が組み合わさって、捜査は進められていくだろう。

 だが、交番勤務では関わりようがなかった。

 その時、閃いた。拉致された時に目撃者がいたのなら、滝沢工業株式会社に入って行く時も目撃者はいたのではないか。富永町よりも北の高知長崎町だったから、千人町交番の管轄外だった。パトロールしに行くわけにはいかなかった。

 石井和義の家は、千人町六丁目だったから、高知長崎町までなら、空いていれば車で十五分ぐらいのところだった。朝のラッシュ時のことだから、もう少し時間がかかっただろう。拉致されたのが、午前八時半頃だったから、滝沢工業株式会社には午前八時四十五分から九時頃までの間に入っていったと考えるのが妥当だろう。

 勤務明けだが高知長崎町に行ってみるか、と思った。

 

 家に着くときくが起きて出迎えてくれた。

「きく、お前いつ寝ているんだ」と僕は言った。

 僕は風呂に入ると、きくに「七時に起こしてくれ」と言って眠った。

 

 午前七時に、きくに揺り起こされた。僕はぐっすりと眠っていた。

 朝食は、きくとききょうと京一郎とでとった。ききょうと京一郎は食べ終わると、歯を磨いて、学校に行く準備をした。

 そして、一緒に登校する友達に呼ばれたので、二人は玄関から出て行った。

 僕は八時になると、机の引出しからひょうたんを持ち出して、ジーンズのポケットに入れた。上は長袖のシャツを着た。十月になっていたが、まだそれほど寒くはなかった。時々、暑い日もあるくらいだった。

 僕は車を使わずに、自転車に乗った。車だと目立つからだった。

 自転車でも、そう代わりはなかった。午前八時半には、高知長崎町に着いた。ネギ畑が多かった。ここに目撃者がいるとは思えなかった。しかし、見付けるしかなかった。

 滝沢工業株式会社が見渡せる所に自転車を止めた。そして、辺りを見回していた。少し離れた所で写真を撮っている人がいた。時間を止めて、ジーンズのポケットのひょうたんを叩いた。

「あの人が誰か分かるか」とあやめに訊いた。

「少しお待ちください」と答えた。

 すぐに映像が流れ込んできた。時間を動かした。

 この辺りを一年中、写真を撮っているアマチュアの須藤浩一という人だった。六十五歳だった。定年退職して五年になる。

 この辺りを撮り出したのは、一月からだった。一年間の様子を記録しようとしていた。

「済みません。そこから移動してもらえますか」と須藤が言った。

 僕が写真の邪魔になるようだった。

 その位置から撮るとネギ畑の向こうに滝沢工業株式会社が写る。時計を見た。八時五十分だった。それから十分ほど写真を撮った。

 一時間ほど辺りの写真を撮ると、三脚をたたみ出したので、僕は須藤に声をかけた。

「あのう。よろしければ撮られた写真を見せていただけますか」と言った。

「写真をですか」と須藤は怪訝そうに言った。

「ええ」

「あなたは」と須藤が訊いた。

「あ、これは失礼しました。私は鏡京介といいます」と言って、警察手帳を見せた。

「警察の方ですか」

「はい」

「写真が見たいのであれば、わたしの家にお寄りください。わたしは須藤浩一といいます」と須藤は言った。

 僕は自転車を押しながら、須藤と歩いた。

「あそこはどうして撮影されているんですか」と僕が訊いた。

「気まぐれです。自分のよく見る風景を一年中写したら、どうなるだろうという些細な好奇心からですよ」と須藤は答えた。

 須藤の家に着いた。玄関を開けると、「お峰、お客さんだぞ」と言った。

 奥から、お峰と呼ばれた女性が出て来た。

「汚いところですけれど、どうぞお上がりになってください」と彼女は言った。

「お邪魔します」と言って、僕は靴を脱いで家に上がった。平屋建ての日本家屋だった。

 座敷に通され、座布団に座った。

 須藤は「こちらは警察の方だ」と妻に言った。

「まあ、何か事件の捜査でもされているんですか」と彼女が言った。

「ええ、そんなところです」

「今、お茶を入れますね」

「いいえ、構わないでください」と彼女に言った後、「見たい写真があるかも知れないので寄らせてもらいました」と続けた。

「いっぱい写真はありますよ」と須藤が言うと、「私が見たいのは、二〇**年九月**日に撮られた写真だけです」と言った。

「九月**日というと一月ほど前ですね」

「ええ」

「どこだったかな」と言って立ち上がっていった。

 その間に須藤の奥さんがお茶を入れてきた。

「どうぞ」と僕の前に置いた。僕は頭を下げて、「では、いただきます」と言って、一口口を付けた。

「これもどうぞ」とかりんとうが入った菓子皿を卓袱台に置いた。

 その時、「ああ、これだ」と言って、一冊のアルバムを僕の前に置いた。

「拝見させていただきます」と言って、アルバムを見た。

 上に日時が書いてあった。その日付の九月**日の箇所を開いた。

 僕は目を疑った。ネギ畑の向こうの滝沢工業株式会社の門の前に車が止まっていて、門が開けられて、中に入るまでが、連続写真で撮られていた。

「ここだけ連続写真ですね。どうしてですか」と訊いた。

「その工場は閉鎖されて三年ほどになるんですが、車が出入りしたのを見たのは、初めてだったんです。だから、咄嗟に連続写真を撮ったんです」と答えた。

「ちょっと失礼していいですか」と言って、僕は携帯を取り出すと西新宿署にかけた。

 オペレーターが出た。

「捜査一課の山岡さんをお願いします」と言った。

「あなたはどなたですか」

「失礼しました。千人町交番に勤務している鏡京介です」と言った。

「少々、お待ちください」とオペレーターが言って、男性の声に代わった。

「山岡ですが、鏡さんですか」

「そうです。すぐにここに来てもらいたいんです」と言いつつ、須藤に住所を訊いた。

「高知長崎町一丁目****です。近くに、本ボシのアジトがあるので、覆面パトカーでサイレンを鳴らさないように来てください。見せたい物があるんです」と言った。

「すぐですか」

「すぐにです」

「わかりました。すぐに行きます」

 携帯を切った。

「今、西新宿署の捜査一課の刑事が来ます」と言った。

「何か事件でもあったんですか」

「ええ、事件に関係があるものをあなたは写されていたんです」と僕は言った。

「何ですか、それは」と須藤が訊いた。

「この連続写真です。携帯に撮らせてもらいますね」と言って、僕は携帯でその連続写真を撮った。

「できれば、この写真のネガも用意しておいてくださいますか」と須藤に言った。

「わかりました。今、持ってきます」

 しばらくして「これです」と、須藤はネガが収められているファイルを持ってきた。

 僕はそれを開いて中を確認した。写真にしたもののネガだった。

「何の事件か教えてもらえませんか」

「済みません。詳しいことは話せないんです」と僕は言った。